0111

全国大会を間近に控えた賑やかな放課後の練習風景。
それぞれが走ったりぶつかったりしながら、自分のポジションでせめぎあっている。
そんな中でひときわ大きく響く音があった。
ヒル魔はその方向へとゆっくり目を向ける。
視線の先には背番号11の数字。
先ほどから11を背負った背中は何度も何度もボールを蹴り続けていた。
その軌跡は一定せず、どこを狙っているのか皆目見当がつかない。

「ムサシ荒れてるね。」
「みてぇだな。」

栗田がそっとヒル魔に近寄り、同じ方向を見つめる。
ほかのチームメイトではわからないような些細な異変であっても、黄金コンビと呼ばれた3人だけは気付く。
それは3人にとって良いところであり、苦手なところでもあった。

「糞デブ、他のやつらそろそろ解散させろ。」
「僕もいたほうがいい?」
「......いや、今日は帰れ。」

栗田は不安そうに笑うと、それ以上詮索せずにヒル魔の言葉に従った。
互いに言いたいことも言えないことも、言葉は無くてもよくわかってしまう。
それは栗田を帰したヒル魔にも、ヒル魔に後を任せた栗田にも、二人を心配させるムサシにも言えることだった。
人影のまばらになったグラウンドで、まだボールを蹴ろうとするムサシにむかってヒル魔はボールを投げつけた。
ボールは見事にムサシの後頭部へと直撃し、その衝撃にムサシは思わずしゃがみこんだ。

「いってぇ......バカヤロウ、何しやがるっ!!」

いつもよりも怒気を含んだ『バカヤロウ』の言葉にヒル魔はあからさまに顔をしかめる。

「バカヤロウはどっちだっ!この糞ガキジジイ!!」
「誰がガキだっ!!おいっヒル魔待てよっ!!」

ムサシは背中を向けて立ち去ろうとするヒル魔の方を掴んで振り向かせようとした。
ヒル魔の肩に置かれたムサシの手はいとも簡単に振り払われて、冷たくさめた視線がムサシに向けられた。

「まだ人がいんだよ、こんなとこで喧嘩して出場停止にでもなったらどうする気だ?」
「そんなのお前はいつでももみ消すだろうがっ」
「やっぱガキだ。」
「おいっヒル魔っ!!」

ムサシを無視してヒル魔は部室へと足を向けるから、仕方なくムサシもヒル魔の後をついて歩く。
部室へ着いてからもシャワーを浴びて着替え終わるまで、お互い声をかけることはなかった。
何も話さないままムサシが部室を出ようとしたとき、ヒル魔の抑揚のない声が背中に突き刺さった。

「そんなにこの部屋見るのが嫌か?」
「.........何わけのわからんことを言ってる?」
「ケッ、気が付かれねぇとでも思ったのかよっ。オレどころが糞デブにだってばれてんだよ。」
「.........。」

ムサシは扉の前で立ち止まったまま動かないから、ヒル魔は近寄りながら言葉を続ける。

「ここに来ると、嫌でも大工のテメェを思い出すもんなぁ。今まであんなに頑張ってきたのによ、またただの高校生に逆戻りだ。」
「.........。」
「で、何をイラついていやがる?ああ、あれか。もしかして親父さんにまた怒鳴られでもしたか?」
「.........うるさいっ!!」

ヒル魔の言葉に我慢できなくなったムサシは振り向きざまに、相手の胸倉を掴んだ。
ムサシの乱暴な行動にも、ヒル魔は眉ひとつ動かさずに見つめてくる。
その冷たく厳しい眼差しは酷くムサシを苛立たせた。

「お前に何がわかるっ!!人が今まで必死になって守ってきたっていうのに、あいつらは親父がマシになった途端に俺のこと邪魔者扱いだっ!!」
「..........あたりめぇだろ、世の中には人間の変わりなんていくらでもいんだよ。ガキに戻ったテメェなんざ必要ねぇんだ。自分じゃなきゃダメだなんて言うのは何もわかってねぇただの馬鹿だけだよ。」
「.......っ!?」

どんな犠牲を払っても、工務店と従業員のためと思いがむしゃらに頑張ってきた。
それが最後の最後で、もう高校生に戻ってもいいから後は任せろと言われ、デビルバッツの為に行けと背中を押された。
その瞬間はとても嬉しくてたまらなかった。
後で必ず戻ると約束して飛び出した。
それなのに試合を終えて戻ってみると、大工ムサシは消え去って自分の居場所はなくなっていた。
悪気が無いことはわかっている。
それでも、善意でムサシに負担をかけないようにと頑張る大工仲間と父親の姿は、ムサシを酷く孤独にさせた。
このイラつきは以前の自分からすればとても贅沢なもので、誰も悪くないから気持ちの持っていきようが見つからない。
だからこの気持ちの悪さを少しでも解消しようと、躍起になってボールを蹴り続けていた。 そういった全てのことをヒル魔は見透かしている。
たぶんヒル魔だけでなく栗田もわかっていたのだろう。
そのことがことさら自分を無力な子供と自覚させるから、ムサシはヒル魔の胸倉を掴んだまま言葉を吐き出す。

「だったら何でお前は新しいキッカー探さなかったんだよ!代わりなんていくらでもいるんだろうがっ!!」
「........だろうな。」
「なんでだっ、なんでっ!!」
「.........テメェは欲張りすぎんだよ。人間そんなに沢山背負えやしねぇ。わざわざこのオレ様がデビルバッツの糞キッカーをテメェにくれてやったんだ。大工のムサシは諦めろ。」

ヒル魔の言葉にムサシは掴んでいた手を緩める。
二人の距離が離れようとするからヒル魔はムサシの頭を引き寄せて、互いの額を押し付け目を見つめながらゆっくりと話しかける。

「誰にも渡さねぇ、テメェはオレのもんだ。それだけじゃ足りねぇか?」
「...........っ」

代わりなんていくらでもいると言いながら、その同じ口で唯一無二だと囁いてくる。
矛盾だらけのヒル魔の告白にムサシは思わず息を詰まらせる。

「ケケケッ、糞ジジイが赤くなってやがる。」
「うっ...うるさいっ!!」

徐々に赤くなっていくムサシの顔を見て、ヒル魔は笑った。
慌てて離れたムサシに向かって、ヒル魔は不敵な笑みを浮かべて見つめてくる。

「糞ジジイ、少しはスッキリしたか?」
「........まだ完全じゃないけどな。」
「だったら何でもいいから気分転換しやがれ。」
「どうやってだ、相変わらず勝手ばっかり言いやがって...」
「とりあえず、そのうざくせぇ髪型から変えてみたらどうだ?良い美容院紹介するぜ?」

ムサシは自分の髪に手をやって、それもいいかとようやく笑った。


なお二人の心配をしていた栗田は、後日不思議な髪形をしたムサシの顔を見て、問題が無事解決したことを知るのだった。