最近のムサシはいつにもましてヒル魔にのみ酷く冷たい。
考えても考えてもヒル魔は理由が分からないので、思い切ってムサシに何が気に入らないのかを問うてみる。
答えてくれるなんて期待などしていなかったのに、ムサシはあっさりと言葉を選ばずに答えてくれた。
ムサシはうるさく干渉してくるヒル魔の口が嫌い。
言葉なんて失って、ただ喘ぐだけでいい。
ムサシは自分の行動を抑えるヒル魔の手が嫌い。
自分に触れる手はただ縋り付くだけがいい。
ムサシはすぐに蹴り上げてくるヒル魔の足が嫌い。
足なんて犯りたいときに開いていればいい。
ムサシは自信満々なヒル魔の顔が嫌い。
綺麗な顔が歪んで必死に耐える表情があればいい。
ムサシはヒル魔の揺らがない心が嫌い。
いつも不安に怯えていればいい。
ムサシはヒル魔の………
「もういいっ。」
ヒル魔は耐え切れずムサシの言葉を制止する。
「これだけでいいのか?まだまだたくさんあるのに?」
ムサシは薄笑いを浮かべて残念そうに表情を崩す。
今この場で泣き崩れることが出来たならどんなに楽だろうとヒル魔は思う。
心の中では悲鳴をあげて、けれどもそれを表に出せないでいる。
こんな自分のこともムサシはきっと嫌いなのだろうと理解できて、胸の奥が軋み始める。
「………お前とはもう別れる。」
本当は泣きじゃくりながら吐き出すように言ってしまいたいのに、冷静に言葉を紡ぐこの身が恨めしい。
たぶんこれも嫌われていることを肌で感じる。
「本当に別れる気があるのか?」
「黙れ、糞ジジイ。テメェもそのほうがすっきりするだろう。」
ムサシの顔に張り付いた笑みは剥がれることなくヒル魔を見つめる。
その表情を見て、付き合っていると思っていたのは自分だけかとヒル魔は落胆と羞恥を感じる。
「それは残念だ。結構お前のことは気に入っていたのにな。」
「心にもないことをくっちゃべってんじゃねぇ。どうせ付き合ってるなんて思ってもいなかったんだろうがっ……。」
ヒル魔は自分で吐き出した言葉でその身を傷付けていく。
本当にどうしてムサシはこんなにも上手に自分を追い詰めることが出来るのだろうと頭の片隅で妙に感心してしまう。
「そうだな、じゃあ別れ際の定番でもやっておくか?」
「…?」
「ヒル魔と俺で最後のエッチ。」
「なにを馬鹿なっ………うっ……」
ヒル魔の大好きな腕が自分を捕まえて押し倒し、大好きな顔が近づいてきて、大好きな声で囁くから身も心も捉えられて抵抗できなくなる。
大好きな唇が与えてくれる感触はとても気持ちが良くて身体の自由が利かなくなるほどに力が抜けてしまう。
「んんっ!?」
ふざけるなと怒鳴ってしまいたいが、ムサシが嫌うことはしたくない。
蹴り上げてでも逃げ出したいのに、ムサシが嫌っていると分かった今では足が動かない。
のしかかる身体を退けようとしたいのに嫌がられてはと手に力が入らない。
いまさら取り繕った表情など出来るわけもなく、心の平穏などははじめから存在していないかのようだった。
「……んあっ…やっ………」
「嫌か?こんなに優しくしてるのに?」
わざといやらしく尋ねてくるムサシの言葉を耳に流し込んで、力なく頭を左右に振る。
ムサシが与える行為は本当に優しくて、優しすぎて物足りなくなりそうだった。
優しく包まれたヒル魔の陰茎はもっと強い刺激と摩擦を求めて先走りの液を溢す。
「………はっ…あっ……んっく……」
「物足りないのか?腰が勝手に動いてきているぞ。」
「っ!?………うっぁ、はぁ……」
一瞬羞恥がヒル魔の頭を掠めるが、それがいまさら何になるのだと自分を蔑みながら首を縦に振る。
ムサシの様子が気になるが、これ以上傷つけられたら涙を零してしまいそうで、意識を快楽へと集中させる。
ムサシの指が優しく尻を撫で上げて双丘の間に滑り込んでくる。
行為になれたヒル魔の身体は次にムサシがしようとすることをとてもよく理解していて、自分でも気付かぬうちに足を拡げてしまう。
「……っひぁ…あっ、ふぅ………あっ…そこっ、ぃや……」
「嘘つくなよ。本当は好いくせに。男なら誰でも気持ちよくなれる処だろう?」
ムサシの言うことは正しくて、けれども強すぎる射精感がヒル魔の感情を逆撫でる。
いきなりすぎて心も身体もついていけないから嫌なのに、ムサシはそのことに気付いてくれない。
もしかしたら気付いていて、だからわざとしているのかとも思うのだが、それを非難することも止めることもヒル魔にはできないでいた。
「……ぁあっ!!」
無理やりに吐き出された精はムサシの指を白く汚してしまう。
申し訳なくて謝りたくて、でも口を開けば嗚咽が漏れそうで仕方なく唇をかんで顔を歪ませる。
「んんんっ……ふっ………」
ムサシは止まっていた指を再び動かしてヒル魔をもっと奥までかき回す準備を始める。
その指は先ほどヒル魔が吐き出した体液で穢れていて、まるでそれを拭い取るかのように内壁へと擦り付けてくるから思わず声が上がる。
「あっ……」
聞こえてくるのは自分の嬌声とグプグプという湿って粘ついた音だけで、目を閉じていれば本当にムサシがそこにいるのかさえも怪しくなってきてしまう。
怖くなって目を開けると当然のようにムサシの顔があって、正視できずに横を向く。
こんなにも好きなのに、見つめることすら出来ないでいる自分が悲しくなる。
視覚に捕らえられないのならせめて身体で感じたいと、腰を揺らして挿入をねだる。
「そんなに欲しいか?」
「っ………」
内壁への入り口に望んだものが押し当てられてのどが鳴る。
その様子をムサシに笑われて、またひとつ嫌いなところが増えたかと心が沈む。
ゆっくりと犯されていく感覚に落とされていきながら、せめて最後はムサシの好きなことだけしておこうと思う。
手は緩やかにムサシの背中に回されて縋り付いておくだけにしよう。
足はムサシが拡げたいだけ拡げるよう。
この口は感じるままただ喘ぐだけにしよう。
恥ずかしくても苦しくても顔を歪ませて耐えてみよう。
心はすでに不安に怯えているから、このまま幸せや希望を探すなんて止めておこう。
「あっ…んはぁっ……んっ、んっ……」
ムサシのことは本当に酷いと思う。
こうやっている間中、どれだけ自分が縛られているのかなんて考えもしないのだろうと、ヒル魔は乱される呼吸の中で諦めの息をつく。
ムサシの動きが自分勝手になって、ヒル魔は我を見失い翻弄されてしまう。
これが最後なのであれば、ムサシの好きにさせておこう。
ヒル魔が楽しむ理由はどこにも見つけられなくて、ムサシのためだけを考えてしまう。
ヒル魔の中でムサシが一際大きくなって、これが最後かと思い強く締め付けてみる。
「……んあぁっ……あっ………はぁ………………っうぅ」
その刺激は同時にヒル魔へも帰ってきてしまい、ムサシよりも先に腹を汚してしまう。
その後で身体の奥にムサシの熱と欲望を受け止めて、快感とも不快感ともとりかねる感覚に背中がしなる。
「ふぅ、やっぱり身体は最高だな。お前とやるのは嫌いじゃない。また相手しろよ。」
「………っ!!」
別れるといったのに今さら何をとヒル魔はムサシを見上げる。
その目に映ったムサシは何の悪びれも無く無邪気に笑う。
なぜムサシはこんなことを言いだすのかと考えて辿り着いた答えが目の前を暗くする。
ムサシははじめからヒル魔と付き合っているつもりなどはなかったから、付き合ってもいないのに別れることはできない。
だから次が訪れることを当然のように疑わない。
ヒル魔の気持ちに気付いていても答える気はサラサラ無くて、けれども自分がやりたいことは今回のようにやりとおすのだろう。
最悪なことはそれを拒否する力がヒル魔にはもう無くて、これからもずっとムサシという存在にこのまま捕らえられて縛り付けられたままになるということ。
救われなくて報われなくて、それなのにこのままでもいいと思う気持ちがヒル魔をさらにどこまでも傷付け続けていく。
終