ムサシが去ったあの日、ヒル魔から差し伸べられた手をムサシは簡単に叩き落して全てを捨てた。
それまでヒル魔は、他人がいなくなったくらいで自殺だなんだと騒ぐ人間を見下していた。
「他人の為に自分を痛めつけるなんて、変態もいいところだ。」
自殺したいわけではない。
こんな事で去っていった者が帰ってくる道理もない。
十分に判っているはずなのに、恐ろしいまでの破壊衝動が次から次へとヒル魔を襲う。
この衝動に従って死ぬ勇気も無く、ムサシを忘れる度胸もない自分に自然と笑みがこぼれる。
「ふっ…………うっく………」
次にこぼれるものは涙となって頬を伝う。
何がいけなかったのか、どうしたら良かったのか。
そんなどうでもいい後悔が頭をよぎり胸を締め付ける。
別に死にたいわけではなかった。
傷つきたいわけでもなかった。
ただこの痛みを忘れたくて、一時でも薄れさせたくて別の痛みが欲しかっただけのこと。
そうして手首に引かれる爪の跡はいくつにも重なり赤く腫れていく。
けれども、どれだけ手首を削ってもいっこうに胸の痛みは無くならず、それどころか手首の痛みなど何も感じないくらいに、目に見えない傷が更に強く痛みだす。
ばかばかしくなって引っ掻く指を止め、その爛れかけた手首に唇を落として熱を持ったそこを舐め上げる。
噛み千切ってしまいたい衝動を押さえて何度も何度も慈しむように舐めていく。
そうして見据えたその先に、漸くムサシの姿を捜し始める。
「捨てられてなんかやるもんかッ」
小さく呟いたヒル魔はその言葉通り、執拗なまでにムサシを追い求めていく。
毎日毎日睦言のように耳元で囁く。時には他人の目などに臆する事も無く大声で叫んでやる。
「デビルバッツのキッカーはムサシただ一人、いつまでだって待ってやる!!」
何度も何度も食い下がるうちに、ムサシの中に消そうとしても消せないくらいの怒りと憎しみと焦りが芽生えるのがわかった。
それはきっと何よりも強い鎖となってムサシを縛りつける絆となるだろう。
こんな形でしか繋がっていられない自分達の関係にヒル魔はまた胸の傷を増やしていく。
そんな関係にまた1つ変化が起きる。
初めてのセックスはいきなりで、とてもセックスと呼べるような物ではなかった。
ただ、ヒル魔はその暴力としか言いようのない行為の中に自分の痛みを和らげる新しい痛みを見つけてしまった。
そうして、いつものように傷付ける為だけのセックスが始まる。
愛情も気遣いも思いやりも無く、ただお互いを傷付け合う為だけの行為がこんなにも安心できるなんてとヒル魔は口端を引き上げる。
「くっ………ッ………」
痛みに耐えるこの瞬間が何より幸せで、その度に絶望する。
ムサシから酷い言葉を投げつけられると、ヒル魔も同じように最悪な答えをわざわざ選んで打ち返す。
「………っ!?」
バシッ!!
不意に近づくムサシの顔があまりに優しくて、キスでもされるのかと勘違いしそうになった。
だから思わずその顔を思いっきり殴りつけて自分から引き剥がす。
「っ痛ぇなあ!!」
バキッ
次の瞬間ヒル魔を殴り返したムサシの顔には、さっきのような優しい表情などどこにも無くて安心する。
例え勘違いだとわかっていても、何かを期待してまた裏切られるのは嫌だった。
もうこれ以上の痛みに耐える術は持っていないと自覚していた。
今はただムサシが与えてくれる痛みだけに神経を集中させて、自分の中の痛みを消し去る事に専念していく。
終