火燵

ヒル魔の家にはその存在すらない布団を被った机。
寒くなるといつの間にかムサシの部屋に出現している奇妙な家具。
ヒル魔はこの机に吸い込んで眠るのがあまり好きではない。
起きた時に感じる咽喉の乾きは耐え難い不快感で、一瞬発熱しているのではないかとさえ思ってしまう。
それなのに何故かこの存在を目にすると、気が付いた時にはいつも吸い込まれている。
足元の暖かさはよりいっそう寒さを感じさせ、火燵に喰われている半身と、そうでない部分の温度差がたまらなく嫌になる。
だから仕方なく肩まで潜ってしまう。
ヒル魔一人が潜り込む分にはまだ我慢できるのだが、先客がいるときに耐えられないくらい不快になることがもう一つある。
それは潜り込む身体を途中で塞き止めるムサシの足。
これがあると自由に姿勢を変えることが叶わず、それこそ猫のように丸まって我慢しなければならなくなる。
だから思わずその邪魔くさい足を蹴り上げた。

「痛っ。」
「邪魔だっ、退かしやがれ。」
「お前のほうが後から入ってきたんだろうが。」
「うるせぇっ。そういう台詞は自分で後片付けした時に言いやがれ。」

自分だけが働いた後というのは、大概の人間が自分を働かせた相手に対して不遜になる。
ヒル魔といえどもそれは同じで、しかも相手は気心の知れきったムサシである。
しかしこういう場合、相手の中に感謝というものはほとんど無い。
そのうえムサシの相手は勝手知ったるヒル魔である。
ヒル魔の要求はムサシにとって言いがかり以外の何者でもなかった。
いくら火燵の中の事とはいえ、二人とも引くことを良しとしない男の子だったのが災いした。
意固地が互いの陣地争いへと早変わりするのも簡単だった。
ムサシはヒル魔の言葉を無視して足を伸ばしたまま動こうとしない。
いくらヒル魔がムサシの足を無理矢理押してみても、悲しいかなその体格差の前にはビクともしなかった。

「マジムカつく。この糞ジジィ......。」
「いい加減諦めろ、バカヤロウ。」
「誰が諦めるか!」

そう言うと、ヒル魔は作戦を変更する。
足をどかせるのが無理なら、その上に乗せてやれとムサシの膝下にドカリと両足を乗せた。

「いってぇ......」
「ケケッ、ザマァみやがれ。」
「キッカーの足にそういうことするのか?」
「ぁあ?これでちょっと繊細さが身につくかもしれねぇだろ、この糞ノーコン。」

ヒル魔との口論でムサシが勝てるわけが無く、ムサシは潔く足を動かして早々と次の作戦に移る。
ヒル魔の膝下から抜き出した足を今度はそのままその膝上に乗せ、全体重でヒル魔の動きを封じその非力さを鼻先で笑った。

「ちょっ...この糞デブジジッ!!テメェのはマジ痛ぇんだよっ!どきやがれっ!?」
「自分で何とかしたらいいだろう。それとも大人しく丸まって寝るか?」
「ファッキン!!」

ヒル魔は短く舌打ち、狭い火燵の中でガタガタと暴れ始める。
そうなるとムサシの方もただ押さえつけるには不利な体勢なので、もぞもぞと足を動かし激しい攻防戦が繰り広げられていく。
火燵に直角だった二人の姿勢はいつの間に斜めにに変わり、向き合うようにして互いの足を押しのけ蹴り合い息を荒げる。
そんな中ちょっとした照準の狂いが生じ、ヒル魔の足裏にフニっとした柔らかい筋肉以外の感触が伝わってきた。
互いの動きが一瞬止まり、思わず顔を見合わせる。

「おい、ヒル魔......わざとか?」
「ばっ!!んなわけねぇだろっ」

ムサシの言葉にヒル魔は顔を赤くして足を引っ込めようとした。
あまりに慌てたからかガツンという音とともにヒル魔の膝に痛みが走る。

「痛ってぇぇっ!!」
「おい、大丈夫か?ヒル...魔、ん?」

ヒル魔の身を案じてムサシが身じろいだ瞬間、今度はムサシの足裏にフニっとした感触が伝わる。
ムサシは一筋汗を流してヒル魔を恐る恐る盗み見る。
ほんのりと赤かったヒル魔の顔はあっという間に真っ赤に変わり、その瞳には凶暴な光が宿った。
低く地を這うように怒気を含んだ声がヒル魔の口から紡ぎだされる。

「......テンメェェェェ.......わざとか?今の仕返しのつもりか?」
「いや、違っ、誤解だ!ヒル魔っ!!」
「だったら...いつまで触ってやがる?とっととどけろッ!!」

ヒル魔がムサシの足をどかせようと自ら先に動いたのがいけなかった。
ヒル魔の動きについていけていなかったムサシの足がヒル魔の股間をグリっと押し触る。

「ぅあっ......」

その微妙な刺激にヒル魔の声が上ずった。
思わず口から飛び出たその声にヒル魔は驚き、口元をを押さえてさらに顔を赤くする。

「.........おい、ヒル魔。」
「何だっ!!」
「誘ってんのか?」
「っ!?」

ヒル魔は勢いよく火燵から飛び出しムサシの眼前で仁王立ちした。
羞恥と怒りで潤んだ目元が妙に色気を含んでムサシの咽喉を鳴らせる。
次の瞬間、ヒル魔の片足が持ち上げられ布団越しにムサシの股間へと振り下ろされた。

「うぐっ!!」

その衝撃にムサシは思わず蹲る。

「な...んてこと、やりやがんだっ!!」
「うるせぇっ!!インポにでもなっちまえっ!?この糞エロジジィ!!」

ヒル魔は乱暴に言葉を吐き捨てると、未だに痛みで動けないムサシを一人残して部屋を飛び出した。
駆け足に去っていく足音を耳に拾いながらムサシは凶暴に呟いた。

「あのヤロウ、明日あったら覚えておけよ......それにしても、冗談抜きで...痛ぇ......」

翌日、逃げるヒル魔を取り押さえてムサシが怪我の介抱を無理矢理させたのはいうまでもない。