虚言症

『好きか』と聞かれるので『嫌い』と答える。
『したいか』と聞かれるので『したくない』と答える。
『良いか』と聞かれるので『最悪だ』と答える。

本当は全部ウソだけれど、ムサシはウソの言葉が大好きだから、ヒル魔はムサシの為にウソをつく。

『死ぬほど好きだ』と縋りたい。
『死ぬまで抱いて』と懇願したい。
『死んでも良い』と泣きつきたい。

本当の事は言ってはいけない。
言ったとたんにムサシはヒル魔の前からいなくなってしまうから。ムサシはそういう男だから。
ムサシはヒル魔の嫌がる顔が大好きで、ヒル魔はムサシの嬉しそうな顔が大好きなのだ。

「も……やめッ……苦っし………」
「んなこといたって…男同士なんだから仕方ねぇだろうが、ヒル魔もいいかげん慣れろよ。」

そう言ってムサシは、苦しそうなヒル魔の表情を眺めて酷く愉しそうに笑う。
ヒル魔は自分の体内で蠢くムサシの一部分が与える痛みにだけ集中して、その痛みを追い求める。
本当はすでに慣れてしまっているこの身体が少しでも快楽を感じてしまったら、二人の関係はそこで終わってしまう。
ムサシはいつもヒル魔の声艶が変わると途端に行為を破棄してしまう。
だからヒル魔は感じてはいけないのだと自分を宥めていく。
それでも快楽に負けそうなときには己に爪を立て自らを傷つけてでも耐える。
その様子にムサシの咽喉は鳴り、また笑われる。

「そんなに嫌かよ。」
「ッたり……まぇっだ!!さっさと終わらっせ……ひぐっ………」

いきなり強く穿たれて悲鳴が咽喉の奥からせり上がる。
ヒル魔の喘ぎ声など聞きたくも無いはずのムサシはいつでも執拗にヒル魔を攻めたてる。
それが何故なのか判らずにヒル魔は身体を揺さぶられる度に混乱する。
ムサシが欲しいものは単に捌け口となるこの身体と、いつまでも靡かないこの態度だけのはずである。
ヒル魔の気持ちなど欲してくれた事は一度も無い。
ムサシにとってはこの上なく最高の快楽でも、ヒル魔にとっては最悪の拷問でしかないSEXはいつでも突然に始まり突然に終わる。

「好きだの何だの言って見返り求めてくるやつらよりも、やっぱりお前が楽で良いな。」

そんなムサシの告白とも取れる言葉が嬉しくて、満足できていない身体が疼き出す。

「好き勝手に突っ込んでおいて……勝手に言ってろっ!!この糞ジジイ………」

ヒル魔は悪態をついて、身体の芯に燈ったままの情欲をムサシに気付かれないようにしながらシャワールームへと向かう。
ヒル魔がこれから行なう不毛な行為に没頭する間に、たぶんムサシは帰ってしまっているのだろうなと一人取り残される我が身を思って少しだけ胸が痛んだ。


シャワーの音が微かに聞こえ出して、ムサシはその方向へ目を向ける。

今『好き』と言われても、いつか『嫌い』といわれることに怯える。
今『したい』と言われても、いつか『したくない』と断られることが恐ろしくなる。
今『良い』と言われても、いつか『最悪だ』と突き放されるのではないかと不安になる。

信じて裏切られるのなら始めから期待しない方がマシだと思う。
だからムサシは自分が安心する為だけにヒル魔を酷く苛み続ける。

『お前が好きだ』と言われたい。
『お前としたい』と縋られたい。
『お前が良い』と泣きつかれたい。

だけど人の気持ちは移ろい易く、腕の中に捕らえたと思ったヒル魔が去っていく瞬間の事を考えると怖くて仕方が無い。
ヒル魔が嫌がる顔を見せる限りはもうこれ以上落ちる事はなく、ムサシは安心してヒル魔を捕まえていられる。
好かれることは簡単だが、嫌われることはもっと簡単で、その事が怖くてムサシはいつも気持ちを偽る。
ムサシがそんな事をつらつらと考えているうちに、ヒル魔がシャワーを終えて目の前に出てきた。

「…………まだ居たのか?珍しいな。」
「あぁ、帰りそびれた。」
「………何で?」
「今日はまだキスして無いだろ。」

ヒル魔はざわめく気持ちを隠してムサシがわざと嫌がることを言う。
飛び跳ねる心を押さえてわざと嫌がる顔をする。
そしてヒル魔のほうから寄って行って、噛みつくようなキスをする。
絡めあう舌先はとても熱くお互いの口腔内を掠めるたびに頭の奥がジンと痺れる。

「これで満足かよっ!!」
「なんのこた無いな。」
「………糞っ!!」

ヒル魔は口を拭う振りをしながらタオルで口元を隠してまだ舌先に残るムサシの味を口腔内で確かめる。
ムサシは面倒臭そうにため息をつきながらべとつく自分の唇を舐め上げてヒル魔の唇の熱さを脳裏に焼き付ける。
そうして願う事はただ一つ。

この関係がいつまでも続きますようにと同じ気持ちで同じ思いを抱えながら、本当の気持ちを隠したままで背中合わせの恋をする。