「ヒル魔、いいかげんその犬離せっ」
「うるせぇ糞ジジイ。黙って待ってろ。」
そう言い合い続けてもう半日ヒル魔はケルベロスと戯れ、ムサシは『マテ』を余儀なくされている。
これでは一体どちらが犬でどちらが恋人かわからなくなりそうだった。
いつにも増してムサシに対して不機嫌なヒル魔の態度に辟易しながら、その原因が自分にあるのでムサシは強く行動に出られないでいた。
「オマエは俺と犬とどっちが好きなんだよッ!」
「ケルベロス」
「………即答か。」
あまりに予想通りの反応で、ムサシは少し泣き笑いたくなった。
そんなムサシの心を逆撫でるように、ヒル魔の膝の上でケルベロスがあくびを1つ。
それを見ていたムサシは急に腹立たしくなってケルベロスの口を横に引っ張ってろうと手を出した。
「おいっムサシッ!危なっ…」
「イダダダダっ!!噛みつくなこの馬鹿犬!!」
「馬鹿はオマエだっ!!」
ボカリ
「………ヒル魔がぶった………。」
本当はヒル魔がぶったからケルベロスは噛みつくのをやめたのだが、ムサシにそれが通じるわけもなく、背中を丸めてとうとういじけ出す始末。
「……でかい図体とおっさん顔でいじけられても気味悪いだけだぞ?やめとけムサシ。」
「何でそんなに怒ってんだよ……いや、わかっているけどそんなに怒ることか?」
「…………死ね。」
昨日増築部分の建設工事の打合せをすっぽかして忘れきっていたのはムサシの方で、その間ヒル魔はずっと待ちぼうけを食らっていた。
ムサシはいつもヒル魔を待たせてばかりできちんと約束を守れたためしがない。
1番大事な約束はいまだ果たされず、なのにこうしてヒル魔のそばにいる事を許されている自分がいて、本当はすごく甘やかされているのではないかと思う。
それでも、きっとヒル魔はこれ以上待たされる事柄が増えるのも、約束を破られるのもごめんこうむりたいと思ってるはずで、だからこその怒りとムサシへのお仕置きでもあった。
「なぁ、ヒル魔?ケルベロスの方が好きってことは、俺は嫌いか?」
「あぁ、嫌いだ。待たせるやつも出来もしない約束するやつも大嫌いだ。」
「だって俺は犬みたいに自由じゃないんだから仕方ないだろう。」
「ケルベロスはかなりお役立ちだ!どこかの誰かサンとは大違いでな。」
嫌味たっぷりに皮肉を言うヒル魔と、勝ち誇った表情にしか見えない不遜な犬を見ているのが辛くなって、ムサシはそっぽを向いて寝転がる。
それもほんの僅かの時間で、相手されない事に我慢しきれなくなるからスリズリと這っていって上目遣いにヒル魔を見つめる。
「なぁヒル魔ぁ、そんなに俺の事嫌いか?」
「そんなことしたって可愛くないぞ、むしろ気味悪ぃ。」
「なぁ、なぁ、なぁ。」
「人の腰にしがみつくなっ。また噛まれるぞ。」
ムサシは寝そべったまま、ヒル魔とケルベロスの間に腕を割り込ませる様にしてヒル魔の細い腰を抱きしめ顔を伏せる。
「嫌い嫌いって、オマエはどこまで俺のことが嫌いなんだよ?」
「……そうだな………救い様のないくらいに馬鹿な男と不純同性交遊できる程度には嫌いだな。」
「っ!?」
ヒル魔の口から出た予想外の言葉にムサシは思わず目を丸くして顔をあげる。
その先にはいつの間にか近くに寄ってきていた綺麗な顔があって、ムサシの頭が状況判断をする前に唇があわされる。
そんな2人を眺めて、ケルベロスはくだらないといった様子でヒル魔の膝を離れていった。
「………ヒル魔?」
「さっさと手ぇ離して用意しろっ!!でかけるぞ。」
突然のビックリ箱に驚き呆けるムサシを残してヒル魔はさっさと玄関へと向かう。
ムサシに見られていないのを良い事に、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべているヒル魔を見上げてケルベロスが鼻息を1つ鳴らした。