思惑〜憂慮〜
ムサシの無骨な手がヒル魔の頭に触れて髪の毛を乱す。
何も言われず、何も聞かず、お互いが無言のままに時間は過ぎる。
暖かい視線に気付かぬ振りでそっぽを向いたままのヒル魔を残してムサシは去っていった。
夢の中ではムサシの息遣いも体温も何もかもがヒル魔のもので、それなのにこの現実世界ときたら今触れられたばかりだというのに、その手の温もりさえもすでに薄れ掛けてしまっている。
さっき最後に交わした言葉はなんだったかとヒル魔は記憶を辿る。
「無理してないか?」
ムサシに心配されて頷きそうになる。
「だまれ、糞ジジイ。余計なお世話だ。」
けれども今のムサシに縋ることは出来ないと理性が働き、心とは裏腹に取り付く島もない言葉をヒル魔は返していた。
今すぐにでもムサシのことを追いかけて捕まえて心の内を全て曝してしまえればどんなに楽だろうかと夢想する。
もしも現実にヒル魔が動いてしまったならばきっと許されないこの行為をその身の内に押し隠すことはすでに慣れていた。
常識から考えても状況から考えても許される行為などではなくて、溢れそうになるこの気持ちはきっとムサシはおろか他の誰を喜ばせることも出来ない。
『行カナイデ、傍ニ居テ、ズットココニ居テ』
ヒル魔が言いたい言葉はたったこれだけなのに、口から飛び出ることの出来る言葉の中には入れられない。
諦めるのかと自分を問いただす声にヒル魔は諦めるものかと答える。
ムサシが帰ってくるのならば、その可能性が1%に満たないとしても、どんな手を使ってでもムサシのいた場所を護っておこうと心に決めて自らの手を汚していく。
『コノ世界ハコンナニモ脆カッタノダロウカ』
次々に降りかかってくる問題は激しい雨のように容赦なくヒル魔に向かって叩きつけられる。
あまりの激しさにヒル魔の足元は崩れそうになって、それでも踏ん張らなければいけないことに挫けそうになる。
こんなときにはせめてその温もりだけでも感じたいとムサシを誘い出し、餓えてもいないこの身体をムサシに差し出す。
「あっ……もっ、と…動い……て、ぶっ壊……せっ!!」
「……無茶苦茶、だな………」
「うるっせ……んぁあっ…」
身体だけの関係には感情など必要なくて、だからムサシがヒル魔を拒むこともないだろうと頭を働かせる。
今はただ単純に互いの身体を強く結びつけているだけでヒル魔は満足だった。
ムサシに追い詰められていく瞬間はとても幸せで、この時だけは断続的に続く快感の波にヒル魔も素直に翻弄されていく。
こんなにもムサシを欲するヒル魔の本心は決して悟られることなく、今はまだ静かにその胸中に秘めておけば良いと思う。
そして見えないヒル魔の気持ちに思い悩むことで、ムサシの心を雁字搦めにしていければ良いとヒル魔がほくそ笑んだ。
思惑〜渇望〜
無駄に時間だけが流れて、ムサシが約束の下へ帰ってくる気配は今も見えていない。
過ぎる時間はタイムリミットをちらつかせながら二人を煽っていく。
「諦めろ、次を探せ。」
「諦めねぇ。」
感情が身体を支配して、どちらも本心は隠したままその時々の行為に溺れていく。
ムキになって言い合ううちに手をあげることもあれば、そのままどちらからともなく宥めすかしてSEXに及ぶこともあった。
「お前にいったい何ができるんだ?」
ヒル魔のあまりの横暴さに堪らずムサシが問う。
「何でもできるさ。この世には生きるか死ぬかしかねぇんだぞ?だったら俺は生きて自分のやりたいようにやっていく。馬鹿な糞ジジイには無理でもオレには簡単だ。黙ってみてやがれ。」
ヒル魔の答えを聞いてしばらくムサシはヒル魔を避けるようになっていた。
それでも言葉のとおりにヒル魔はムサシを逃がしはしない。
狡猾に残酷にムサシを?まえてその気持ちを揺さぶり続ける。
『アメフトヲヤリインダロウ?』
ムサシの中では諦めかけていたことなのに、ヒル魔がかろうじてその心をを繋ぎとめている。
ムサシにとっては希望の鎖とも永遠の責め苦とも取れる位置に立たされて動けなくなってしまう。
ムサシのためだけに着々と準備は進み、条件は満たされて全てはヒル魔の思いどおりに進んでいく。
ただひとつ、ムサシを除いては。
『オレノコトガ欲シクハナイノカ?』
先の見えないこの状況のなかで、ムサシを困らせずに待ち続けることなどとうの昔に不可能になっていた。
せめて繋ぎとめているという証拠を感じていたくて露骨な誘いと不本意な行為に及ぶ。
雁字搦めにされているのはヒル魔も同じで、秘めていたはずの本心はすでに漏れ出しムサシへと伝わっていく。
いつか叶う願いのためだけに大切な人の気持ちを弄び、大切な気持ちを見失ってそれでもなお二人が見据える先は同じでなければならない。
終