「ムサシ、ヒル魔と喧嘩でもしてるの?なんかおかしくない?」
とうとう栗田も感づいたかとムサシは顔を曇らせる。
言われなくても、最近ヒル魔の様子がおかしいことにムサシはとうに気が付いていた。
ようやく泥門デビルバッツへと戻ることが出来たというのに、ヒル魔の元へと戻った気がしないのはヒル魔の空々しいまでの笑顔のせい。
頑なにヒル魔とアメフトから逃げようとしていた頃よりも、今のほうがずっと遠くに感じるヒル魔との距離の理由が分からない。
身体の関係はヒル魔に拒まれることもなく相変わらず続いていたが、それすらも単なる処理のためという意味合いが強くなってきていた。
帰りたくても帰れずにいた頃に何かを確かめ合うように身体を繋げ続けた日々が嘘のように感じる。
「何かあったんならムサシからきちんと話しといたほうが良いよ?ヒル魔は自分から折れる性分じゃないし。」
「……ああ、そうだな。」
「そうだよ。せっかく皆元通りになれたんだからつまんない事でギクシャクしないでね。じゃぁ、任せたよ〜。」
ムサシの素直な返事に栗田は安心しきって帰っていく。
その後姿を見ながらムサシは頭を掻いた。
栗田には申し訳ないのだが、ヒル魔と話をしようにもムサシには話す心当たりが無い。
どうしたものかと悩みながら放課後の教室へと向かうと、そこには見慣れた姿があった。
あまりにいきなりで何の言葉も用意していなかったのでムサシは思わず声が上ずってしまう。
「……よう、その、何だ…あ〜、最近、調子どうだ?」
「…?何言ってやがんだ、糞ジジイ。頭おかしいくなったんじゃねぇか?」
ヒル魔はムサシを一瞥して冷たく言葉を返してくる。
そんなヒル魔の態度に、ムサシはムッとしてしまう。
「何仏頂面になってやがんだ。用が無いならさっさと部室行け。糞ジジイが。」
「用は……ある。」
「こっちはない。」
人がこんなに思い悩んでいるというのにそれはないだろうと思う気持ちがムサシにヒル魔の襟首を掴ませる。
「何しやがんだよっ!!」
「俺が何か気に障ることしたんならはっきり言えばいいだろうっ!」
「離せっ!!糞っ…」
ヒル魔はムサシの手を振り払って黙り込んでしまう。
「ヒル魔?本当にお前どうしたんだ、俺が何かしたか?」
「………何もしてねぇよっ!!」
「ヒル魔ッ!?」
ムサシが止めるのも聞かずにヒル魔はその場を逃げるように後にした。
「なんなんだ?ヒル魔ぁ…」
ムサシはその口から情けなくただ言葉を漏らすしかなかった。
その後もヒル魔の態度は変わらず、栗田が何か言いたそうにムサシを見つめてくる。
ムサシも何度かヒル魔と話そうと試みてはみるものの、いつもヒル魔に上手くかわされて進展はまったく見られなかった。
今日もまた何も変わらないまま1日が終わるのかとムサシは考えながら、暗くなって影しか見えなくなった校門へと向かった。
「ヒル魔?」
校門に寄りかかるようにしていた人影がムサシの声に小さく身じろぐ。
「ちょっと付き合え、糞ジジイ。」
「……今日はそんな気分じゃない。」
「勘違いすんじゃねぇよっ!この糞エロがっ!!」
ヒル魔はムサシを怒鳴りつけてそのまま何も言わずに歩き出す。
仕方なくムサシも黙って後について行く。
「どこまで行くんだよ、ヒル魔ぁ」
「………。」
途中何度かムサシが問いかけるが、ヒル魔からの返答はなく二人の距離も縮まらない。
いつの間にか潮の匂いがしてきて潮騒の音も耳に届きだした。
すぐに海と砂浜が見えてきた。
それでもまだヒル魔の足は止まらず砂浜へと入っていくから、ムサシも仕方なく砂の中へと足を踏み入れた。
「ヒル魔、何で海なんだ?こんなに遅くに泳ぎたいわけではないんだろ?」
「………。」
無言のままヒル魔がムサシを振り返る。
その手に握られているのは見慣れた銃で、その銃口はヒル魔の胸へと押し付けられる。
「ヒル魔ッ!!」
「っ!?」
ムサシがヒル魔に飛び掛って無理矢理銃口をヒル魔の胸から引き剥がしたのとほぼ同時に銃声が響いた。
「ばっ…何弾までいれてるんだっ!!危ないだろうがっ!?」
「……こんなんじゃ別に死なねぇよ…。」
「本当にどうしたんだっ?おかしいぞ最近のお前。」
手を離したらまた何をされるか分からなくてムサシはヒル魔の両手首を強く握り締める。
「………先に…進めねぇんだよ……。」
「ヒル魔?」
「こうでもしなきゃいつまでたっても動けねぇんだよ!!テメェのせいだからなっ、糞!!」
暴れるヒル魔を押さえつけようともみ合ううちに二人は砂浜に倒れこんだ。
それでもまだ抵抗するヒル魔をムサシが怒鳴りつける。
「止めろって!!ヒル魔っ、訳が分からん!!」
「っ!?」
ムサシの怒声にヒル魔は身体をすくませ動きを止めた。
「……ヒル魔?」
急に静かになったヒル魔をムサシは覗き込み声をかけた。
ムサシの目の前でヒル魔の目からぼろぼろと涙がこぼれて綺麗な顔が歪んでいく。
「ヒル魔ッ!?何??何で泣いてるんだ?」
「……うっるせ…、見んなっ!!」
きっとヒル魔は本気で泣き顔なんか見せたくないのだろうと分かった。
だからムサシはヒル魔の頭を抱きしめてヒル魔の涙も泣き顔も自分の胸の中に隠してやる。
そうしてムサシはゆっくりとあやすように静かにヒル魔の耳元で語りかける。
「何で、泣くんだよ?俺のせいなのか?きちんと帰ってきたのに何がいけないんだ?」
「………怖いっんだ…」
「何が?」
「………またっ…ムサシが、いなくなるんじゃないか……って…」
ヒル魔の言葉に今度はムサシが押し黙ってしまう。
ヒル魔は言葉をさえぎってくれるものがなくて、溢れてくる気持ちをこぼしていく。
「もう…だめなんだっ。期待したくないのにムサシがそばにいると期待しちまう。でも、いつも怖くて…また同じことがあったらって……考えたくないのに考えちまう。」
「…………。」
「テメェは簡単に…オレのことなんか捨てちまうって…あっという間に忘れちまうって……」
「そんなことあるわけないだろっ!?」
ムサシの言葉にヒル魔が小さく震える。
「絶対、そんなことはない。」
「……ムサシ…」
「ヒル魔、すまん。お前を待たせすぎていたみたいだな。」
「………ヒック…うぅ……」
ヒル魔はムサシの胸にしがみついてしゃくりあげながら泣き続ける。
そんなヒル魔をムサシはきつく抱きしめて、もう二度と離れたりしないと、ヒル魔を?んだこの手を離したりはしないとムサシは言葉以外で伝える。
ムサシがヒル魔の心に刺してしまった棘はムサシが思っていた以上に深くヒル魔の胸に突き刺さり、いまだにヒル魔を苦しめている。
そのことを知って、どんな言葉も行為もヒル魔には意味がなくただ不安を増していくだけだったことにムサシは今更ながらに気付かされる。
これからどのくらいの時間と言葉と行為を重ねてもヒル魔の不安はなくならないかもしれない。
それならばヒル魔が不安に苛まれて涙を流すたびに、こうして抱きしめ続けようとムサシは腕の中で震えている温もりに誓った。
終