affezionarsi

1)
初めて出会ったときはただ圧倒されて、その紅い瞳を思い出すたび恐怖に身体が震えた。
仲間の戦いをはさんで向かい合ったときは、その行動も考えもすべてが理解できずに苛立ちをつのらせた。
けれどザンザスが道を誤った理由を知って、彼の強さの裏にある弱さを見つけた。
そうすると不思議なもので、あれほど怖かったザンザスの紅い眼が泣きはらした小さな子供の目のように思えてきて、どうやったら泣き止んでくれるのかとそんなことばかりを考えている自分がいることに綱吉は苦笑する。
泣きすぎて目が赤くなるなんて話はおとぎ話の中に出てくるウサギみたいで、肉食動物を思わせるザンザスとは到底結びつかない話だけれど、心の中はさまざまだから草食動物の部分だって外から見えないだけでちゃんと存在している気がする。
もちろんザンザスの眼は生まれたときから紅い色をしていて、涙を流した数なら綱吉のほうがはるかに多い。
それでも綱吉は泣いた分だけ幸せをつかまえてきたと思うし、ザンザスは泣かなかった分だけ幸せを手放したのではないかと胸が苦しくなった。
そしてザンザスがつかめなかった幸せのひとつであるボンゴレ]世は名実ともに綱吉のものとなっている。
月日は流れて1つずつ年をとるごとに、ザンザスを見つめる綱吉の視線は高くなってお互いの距離を縮めていく。
一方あれほど強く睨みつけていたザンザスの瞳は2人の距離が縮まった分だけ離れるように綱吉の視線をかわすことが多くなっていた。
ヴァリアーが正式に9代目直属の独立暗殺部隊となり、ボンゴレファミリーの中でも特殊な位置に置かれてからは直接顔をあわせる機会もほとんどなくなった。
2人の交流はときおり綱吉の方から適当な用事を見つけて電話越しに言葉をかわす程度となっていた。

「オレまた背が伸びたんだ、そのうちザンザスのこと抜いちゃうかもしれないよ?」
「……それがどうした」
「前みたいに『カスがッ!!』って怒鳴らなくなったね」
「用件は何だ?」
「たまにはこっちに顔を出してくれないの?」
「必要がない」

抑揚のない声の中にはっきりとした拒絶を感じて綱吉の胸は小さく痛む。
綱吉がどんなにくだらない話を振っても、ザンザスのほうから電話を切ることはない。
だからといって会話が弾むわけもなく、綱吉の投げた言葉は打ち返されずにザンザスの脇を掠めてその向こうへと力なく落ちていく。
そうして綱吉のほうからあきらめて電話を切ると言うまで、そつなくそっけない空っぽの返事をかえし続ける。
それは好きな人の気持ちを確かめたいと思う感情を利用して相手から別れ話を切り出させる狡賢い手管に似たザンザスの卑怯な会話術だった。

「なんならオレがそっちに行ってもいいんだよ」
「何をしに?」
「ザンザスと話がしたいってのは理由にならない?」
「話があるなら今話せばいい」
「声だけじゃなくて顔を見ながら話したいんだ」
「ネットでも何でも使ってカメラ映像を用意すればいい」

それでは本当にザンザスが自分の顔を見ているのかどうかなんて分からないじゃないかと声を張り上げたい気持ちを何とか押さえて、それもそうだねと笑い流す。
見つめるだけじゃ満足できなくて、相手にも見つめ返してほしいなどという感情をまさかザンザスに抱くことになるとは、まだ子供だった頃の自分には考えられないことだと綱吉は失笑した。
そろそろと意味のない話も底をつき、時間の無駄だといった風なザンザスの苛立ちがその無言の空気にこめられる。
これ以上時間を引き伸ばしたところで実るものは何もなく、ただ単にザンザスが次の電話に出ることを拒否させるだけだと綱吉は過去の経験から知っていた。

「もう切らなきゃね」
「そうしてくれると助かる。こっちもそれなりにやることは山積みだからな」
「……そうだね、じゃあ」
「ああ」

綱吉がザンザスから奪ってしまったものの代わりに、ザンザスの欲しがるものをなにか与えてあげたいと綱吉は考える。
そして皮肉なことに、いつでも自分から電話を切るこの瞬間がもっともザンザスの願いをかなえる瞬間だと綱吉は気づいている。
どんな高価なプレゼントよりもどんなに心がこもった言葉よりも、ザンザスが望むものが必要以上に綱吉と関わらないことだった。
綱吉自身、なぜこんなに拒否されてもザンザスのことが気になるのかが良くわからない。
それを知りたくて何度もザンザスにこうして歩み寄っていっている。
それなのに肝心のザンザスが近寄らせてくれないからいつまでたっても答えが見つからなくて困ってしまう。
誰かに相談しようにもなんと言って説明したらいいのかわからなくて、結局は一人で抱え込んでしまう。
どうしたものかとついたため息に、いつのまにか部屋に入ってきていた獄寺が心配そうに声をかけた。

「10代目、お疲れなんじゃないですか?」
「そんなんじゃないよ、心配させてごめん」
「いえ、10代目になにもなければ俺はかまいませんが、何かお悩みでも?」
「ん〜、悩み……なのかなぁ? なんていうかさぁ、何がなんだか自分でもよくわかんないんだ」
「でもまぁそんな風にお笑いになれるなら、そんなに悪い悩みじゃなさそうっすね」
「えっ?」

獄寺の言葉に綱吉は目を丸くする。
いったい自分はどんな顔で獄寺に今の話をしていたのかと、窓に映った自分の顔を凝視してみる。
黒い窓ガラスに映った顔はいつもと代わり映えなく、ただ困ったように綱吉を見つめていた。


2)
ようやく綱吉との電話を終わらせることができたザンザスは深く息をついて椅子に沈みこんでいた。
頻回ではないにしろ決して短くない綱吉との電話は毎回ザンザスの神経を逆撫でるのに十分なものだった。
ザンザスの過去2回の反逆行為はどちらも許されたわけではなく、こうして9代目直属となった今でも監視の目や耳がどこにあるかわかったものではない。
昔のように怒りに任せて暴れられる様な状況ではなくなった今ではそう簡単に相手に付け込ませる種をまくわけにもいかない。
綱吉への対応もそのひとつで、できるだけ感情を見せずにかつ言いがかりをつけられないよう心がけている。

「う゛お゛ぉい、ずいぶんと疲れた顔してやがるじゃねぇか、ボスさんよぉ」
「黙れッ、ドカスがっ!」
「う゛がっ……いっつもいっつも顔を狙って投げんじゃねぇぞぉ!!」
「でも毎度毎度スクアーロったら律儀に顔で受けるのよねぇ」

床に散らばった携帯電話のかけらを掃き集めながらルッスーリアが茶々を入れる。
いつもであればここでルッスーリアに向かって花瓶か何かが飛んでくるのが常だったが、今のザンザスにはそれすらも億劫だった。
そんなザンザスの代わりにスクアーロがルッスーリアを蹴り上げながらザンザスに声をかける。

「なんだぁそのツラァ、なんかめんどくせぇ女だったのかぁ?」
「……?」
「やだボスったらぁ、今の電話の相手よぉ。ずいぶんとしつこい女だったわねぇ」
「カス共が何言ってやがる? 今のは沢田綱吉だろうが」
「…………」
「…………」

一瞬の沈黙の後に煩いダミ声が二つ重なり合って絶叫した。

「ウソウソウソウソッ、だってボスの受け答え聞いてたらどう考えたってしつこく言い寄る女にうんざりした男そのものよぉっ!!」
「う゛お゛ぉいっ、こいつに同意するつもりはねえが、オレにもそう聞こえたぞぉ」
「まともに聞こえねぇ耳なら用はねぇな、ドタマごと焼き切ってやるからこっちに出せッ、このカス共が!!」
「私ったらまたつまんない縁談話の馬鹿女かと思ったわよぉ」
「縁談てなんだ?う゛お゛ぉいっ、そんな話は聞いてねぇぞぉ!!」
「おバカなスクアーロちゃんねぇ、ボスが今いくつだと思ってるのよ……ってボスッ、手から出てる炎はしまってぇぇえ!!」
「かっ消えろッ……ドカス共がぁっ!!」

眩しい閃光とともに爆音が鳴り響く。
燻った黒い煙柱が暗闇に隠れたヴァリアーの拠点を指し示していたが、それを目にできるものはその周囲に誰一人いないはずだった。
こういったことはザンザスの機嫌によってはよくあることで、本人も周囲の人間にとっても大したことではないし、何かあったとしてもそれなりの対応は取れるようにしてある。
もちろんスクアーロやルッスーリアが簡単に死ぬわけもなく、ヴァリアーに在籍する人間にとっては幹部とボスの実力に畏怖することはあっても、この程度のことで慌てふためき騒ぎ立てる事はない。
しかしヴァリアーの人間にとって『この程度』のことであっても、まともな価値観を持つ外部の人間にとっては大した騒ぎとなる。
そのうえ今回のことは綱吉との電話を切った直後に起こった出来事であり、運悪くヴァリアーを警戒する外部の人間の知るところとなった。
ザンザスが憤怒の炎を幹部の二人に向かって使ったというヴァリアーにとっては日常的で些細なこの出来事はすぐにボンゴレ本部へと報告され、ボンゴレ]世をひどく驚かせることとなった。


3)
スクアーロとルッスーリアは数日前に起こったヴァリアー内での爆破事件いついての説明を行うよう、秘密裏にボンゴレ本部へと召喚されていた。
本当であればこの場にいるのは爆破を起こしたザンザスだったが、当の本人はこの呼び出しに激怒しボンゴレの地にて再び憤怒の炎を使いかねないとの事で、代理としてその場にいた人間が赴くことになった。
ヴァリアー幹部は過去の因縁も含めボンゴレ幹部と顔見知りということもあり、当然ボンゴレ]世を目の前にしても臆することなく不遜な態度で綱吉と対面をしていた。
同席するといって譲らなかった獄寺を何とか宥めて席をはずしてもらったが、あらためて目の前の二人の態度を見るとそれが正解だったと綱吉は小さく息をつく。
もしこんな状況で獄寺がいたなら、話のかわりに怒鳴り合いが始まっていたはずだ。

「だからね、ザンザスがあんなことをした原因を教えてほしいんだ」
「う゛お゛ぉいっ! だからオレらにとっちゃ、大したことじゃねぇって言ってるだろうがぁ」
「憤怒の炎を使ったことのどこが大したことじゃないんだよっ!屋敷がどのくらい壊されたと思ってるんだ?」
「あらぁ、うちじゃあんなのいたって普通よねぇ」
「そうだぞぉ、あの程度のことでガタガタいってりゃアイツとは一秒も付き合っていけやしねぇ」

ヴァリアーの常識は平凡すぎる綱吉の感覚では理解できない。
それでも何とか理解しようとする努力はしておかなければボンゴレのドンは務まらない。
われながら厄介な役職についたものだと綱吉は頭を抱えながらも相互理解を深めるための会話は続く。

「ともかく、ザンザスにとって憤怒の炎を理由もなく使うことがどれだけその立場を危険に晒すことなのかって理解はできているのか?」
「うるせぇぞぉっ!そもそもテメーが女みてぇにしつこく電話したからボスの機嫌は悪くなったんだぁ」
「そうよ、まったく今度はどこの女に言い寄られてるのかと思ったわぁ」
「ちょっ……待ってよっ、オレそんなことしてないよ!!」
「あらやだっ! そういえばボスも気づいてなかったけど、やった本人も無自覚なの?」
「う゛お゛ぉいっ!『今度』って事はその前はいつでどこのどいつだぁ?」
「ああっまたその話? もうめんどくさぁーいっ!!」

綱吉の存在を無視して続くヴァリアー幹部の喧騒に、綱吉はなんとなくザンザスの堪忍袋の緒が切れた理由が少し理解できたような気がした。
本人たちにその気がなくても、この調子で騒がれるとかなり軽視された気分になってくる。
額と掌に集まりそうになる熱を何とか鎮めながら、綱吉は質問を変えた。

「オレと話しているときのザンザスはどんな様子だったの?」
「べつにぃ、いたって変わらず不機嫌そのものよねぇ」
「お゛ぉ゛、いつもどおりだなぁ……でもなんでテメーはそんなにうちのボスのことを構いたがるんだぁ?」
「やっだぁ、もしかしてうちのボスに惚の字とかぁ?」
「う゛お゛ぉいっ、そうなのかぁっ!? そりゃあ凄ぇぞぉ」
「…………」
「…………(う゛お゛ぉい、なんで無言なんだぁ?)」
「…………(私に聞かないでよっ)」

強い否定の言葉が来ると思っていたスクアーロたち2人の会話は、目を丸くして固まった綱吉を前にして自然と小声になる。
冗談半分に女々しい綱吉の態度をからかっただけの「惚の字」というたった3文字の言葉が綱吉の頭の中でぐるぐると繰り返される。
今までザンザスに対して抱えていた悩みがボンゴレをめぐるものではなく、好きや嫌いなどという単純な個人的感情からくるものなのかと考えてみる。
そんなはずがないけれどもしかしたらそうかもしれないと肯定と打ち消しが交互に現れては消え、考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。

「……う゛お゛ぉい、大丈夫かぁ?」
「もしもぉーし、ボンゴレ]世さぁーん?」
「えっ、あっ、何? あの、ちょっと疲れたから今日はもう帰っていいよ」
「なんかよくわからねぇが……帰っていいなら帰るぞぉ」
「ええそうねっ、私たちのことはあんまり深く考えなくっていいからお体をお大事にねぇ」

綱吉の言葉にスクアーロたちは素直に従う。
もともと好きで来ていた場所ではないうえに、なぜか先ほどよりも一段と居心地の悪くなったこの場所から早く立ち去りたかった。
今もまだ難しい顔で机とにらめっこを続ける綱吉をそのままにヴァリアーの2人は部屋を出た。
その直後、廊下で待機していた獄寺が2人を睨みつけながら部屋へと入っていく。

「なんだぁ、あのガキ?」
「本当にヤブヘビだったかしら?」
「なにがだぁ?」
「まっさかねぇ、そんな恐ろしいこと私は嫌だわぁ」
「う゛お゛ぉいっ!わかるように話せぇっ!!」
「スクアーロってホント……おバカさん」

ルッスーリアの嘆きを含んだため息が長い廊下の隅に染み込むように消えていった。



continua a 『affezionare』