dolciastro



− Will o' the wisp −
その昔、地獄へと送られるはずだった罪人ウィルは聖ペテロを言葉巧みに騙し、二度目の人生を手に入れたのちも反省することなく極悪な生き方を選び続けた。
時が流れウィルが再び死者の門前に立ったとき聖ぺテロからその罪を許されることはなく、以後ウィルの魂は天国でも地獄でもない煉獄という暗闇の中を漂うこととなった。
暗闇を一人さまようウィルの姿を見て哀れんだ悪魔は地獄の劫火から轟々と燃える石炭をひとつ取り、ウィルに明かりとして渡した。
いつしかその明かりは時おり現世にあらわれ種火のような弱い光を投げかけた。
人々は夜中に不思議な光(鬼火)が見えるとき、その光を愚かで哀れなウィルの話になぞらえて「ウィル・オー・ザ・ウィスプ」と呼ぶようになった。


1)
ザンザスは豪華な部屋に置かれた座り心地の申し分ないソファーの上で足を組みながら、目の前の扉を睨み付けていた。
10月に入って3度目の呼び出しにザンザスの表情は普段からのむっとしたものから確実に怒りだと判るものへと変化している。
ボンゴレ10代目という肩書きの手前おいそれと呼び出しを断るわけにも行かず出向いた先で、いきなり自分の誕生日を祝われあまりのくだらなさに大きなケーキの乗ったテーブルを蹴り飛ばして帰ってきたのが1度目の10月10日。
2度目はそれから3日後、今度は内々でのボンゴレ10代目バースデーパーティーへの招待という名目でヴァリアー一行として強制連行される途中にスクアーロを力いっぱい殴りつけ、その場のすべての人間があっけに取られた隙に難なく自主的退席となった。
そして10月31日の今日、目的も知らされずに3度目の呼び出しを受けた。
過去2回の不義理を責めるのが今回の目的と予想して、それなら逆にいつもヴァリアーを表舞台へ上げようとする綱吉の行動に対して『暗殺部隊』の意味を理解しているのかと怒鳴りあげてやろうとザンザスは出向いてきたのだった。
そんなザンザスの怒気が扉向こうにまで伝わるのか、部屋に通されてすでに1時間がたつというのに水ひとつ運んでこようとしない。
いいかげん我慢の限界は超えてザンザスは席を立った。
掌に燈した小さな光球を目の前の扉にぶち当てて帰るかと不穏な考えを実行に移そうとしたとき、突然扉は開いた。

「Trick or Treat!って、うわっ、近っ!!」
「…………」

部屋に飛び込んできたのはザンザスを呼びつけた張本人だった。
綱吉は奥でふんぞり返っているだろうと思っていたザンザスが、扉を開けた瞬間に目の前に立っていたことに驚きバランスを崩してそのまま派手にしりもちをついた。
驚いたのはザンザスも同じで、開いた扉の向こうはいつの間にか黒とオレンジに彩られたバカバカしいまでのにぎやかな空間へと変わっている。

「何だ、これは?」
「え〜と、だから、その……とりっくおあとりーと?」
「何言ってやがる、このドカスがっ!!」

外の変貌ぐあいに驚いてわずかに見開かれた紅い目はすぐにいつもの冷たさを取り戻し、次の瞬間にはきつく眦をあげて綱吉を睨みつける。
そんなザンザスの眼をまっすぐに見つめて惚けた顔をしている綱吉に舌打ちしながらザンザスはあらためて周囲を見回す。
よくみるとそこかしこに見知った顔が揃っており、その中にさらに見慣れた顔を見つけて怒号する。

「こんな場所で何してやがるっ、このカスどもがぁっ!!」
「ヒィッ! 違うのよボス、私は嫌だっていったんだけどぉ、スクアーロがどうしてもってぇ〜」
「う゛お゛ぉい!! そりゃお前だぁっ!!」
「ししし、鮫もオカマもみんなまとめてボスに燃やされちゃえばいいんじゃない? あっ、王子は例外ね〜、だって王子だもん」
「俺はボスに褒められたくてっ!!」
「マジきめぇぞぉっ!!」

口々に騒ぎ始めるヴァリアー部隊に向かって、掌でもてあましていた光球を投げつけようと身動いたザンザスの手に綱吉の手が重なる。
強い光を放つ光球はやわらかく揺らぎ、音もなく二人の掌へ吸い込まれるように消えていった。
初めて炎を交えたリング戦の頃よりも格段に強くなった綱吉の実力と、下手をしたらあの時よりも情けなくなっているかもしれないオドオドとした表情がザンザスをさらに苛つかせる。
人間というものはどんな感情であれ度が過ぎると言葉を失いやすく、かえって冷静にすらなる。
今のザンザスも悪態を吐き出す気はすでに失せ、ただ綱吉を睨みつけていた。
そんなザンザスに綱吉が上目遣いに声をかける。

「そんな怖い顔して睨まないで、全部オレのわがままだから」
「……好きにしろ、どうせここのボスは貴様だ」
「ザンザスッ!!」

光球が消えた後も離そうとしない綱吉の手を乱暴に振り解き、ザンザスはもといた椅子へと不機嫌そうに戻っていった。
あわてて後を追う綱吉は部屋の扉を閉める前にファミリーの面々に大丈夫だからと目配せすることを忘れない。
扉に駆け寄るスクアーロを穏便に山本が捕まえ、その横を獄寺がすり抜けようとする。

「う゛お゛ぉいっ!! 離せ小僧ぉッ!!」
「大丈夫だって、ツナに任せとけば……って、おいっ獄寺ッ?」
「10代目ぇぇぇ!! 山本てめぇっ離せ」
「ちょっ、二人まとめてはさすがにきつい……」
「あらやだっ、結構お料理おいしいわねぇ」
「ルッスーリア、呑気に食ってんじゃねぇぞぉぉおお!?」

扉の前でもつれる数名を傍目に、集まった人間は各々料理や飲み物を手に取り話を弾ませはじめ、その場所は黒とオレンジに彩られたにぎやかなパーティ会場へと姿を変えていった。


2)
綱吉が扉を閉めて振り向いたとき、ザンザスはすでに奥の三人掛けソファに体を横たえていた。
話す気などまったくないというようにザンザスは綱吉に背を向けてソファに顔をうずめている。
もちろん寝ているわけではなく、その背中からは今にも憤怒の炎が噴き出しそうなほどの黒いオーラが揺らめいて見える。
綱吉は弱り下がった眉毛をさらに下げて、おずおずと話しかけた。

「あの、ザンザス?」
「…………」
「えっと、その……」
「外の馬鹿騒ぎが終わったらカスどもをよこせ」
「だからザンザスも一緒に」
「ふざけるなっ!! ヴァリアーを何だと思ってやがる、このカスがっ!!」

怒りに跳ね起きたザンザスの眼に、先ほどよりももっと情けない顔をした綱吉が映った。
ボンゴレファミリーの頂点に立つボンゴレ]世とは思えないその顔がさらにザンザスの怒りを煽っていく。
怒りの募ったザンザスは当初の予定通り『暗殺部隊ヴァリアー』に対する扱いの不自然さを責めたてる。

「わかってるよっ! だから公じゃなくて顔見知りだけしかいない場を選んでるし……」
「わかってねぇっ!!」
「ザンザスのほうがわかってないよっ!!」
「ぁ゛あ゛っ?」
「あーっ、もうっ!!」

再び光りだすザンザスの両手を綱吉はあわてて握りこんだ。
ザンザスがつかまれた両手を振り解こうとしても今度はそう簡単に離さない。
年齢だけならザンザスのほうが上だがザンザスには揺りかごやリング戦後の凍結期間があり、その間にも綱吉はやむにやまれず常に修行を強いられてきた。
綱吉は肉体的にも能力的にも成長し、ボンゴレ10世を正式に継いだ今では相手がザンザスといえどもそう簡単に力負けしたりはしない。
そのうえザンザスはいま綱吉に炎を封じられたまま、ソファのから足も下ろさず不安定な姿勢での力比べとなっている。
怒りを紅い眼にみなぎらせながらザンザスは綱吉を睨みつけた。

「ザンザスがいつも勝手に帰るから、ザンザスの誕生日もオレの誕生日もどっちも一緒に祝えなかったじゃないかっ!!」
「それがなんだっ! いちいちカスの馴れ合いに付き合う義理があるかっ!!」
「そうじゃなくて、ザンザスにももっと色々と楽しんでもらいたいんだよ。」
「わけがわからんっ! いいかげんに手を離せっ!!」
「だって離したらまた憤怒の炎を出すだろ、出さないって約束するなら離す」
「…………チッ」

ザンザスの舌打ちに苦笑いをしながらも、幼い子供に言い聞かせるように綱吉は握った手に少し力を込めた。
いつまでも大の男二人が手を握り合っているわけにもいかず、ザンザスは眉間の皺を深めつつも掌に集まる炎を弱めていく。
握り合った手の間から光が徐々に薄れていくのを見つめる綱吉の心情は憤怒の炎が消えてほっとした反面、手を繋いでおく理由がなくなることが残念なような複雑なものだった。
ザンザスの手から炎の気配を感じなくなった頃にようやく綱吉が手の力を緩める。
綱吉の手から力が抜けた一瞬を見逃さずに、ザンザスが手を引き剥がしながらその拳を振り上げた。

「うわっ! 危なっ……」
「炎は使ってねぇ」
「そういう問題じゃないだろ! 炎がなくてもザンザスに殴られたら痛いんだよ、オレだから避けられたんだからね!」
「うるせぇっ、黙れドカスがっ!!」

超直感によってザンザスからの反撃を避けた綱吉の非難など聞く気はない。
しかも暗に綱吉がザンザスよりも強い事を主張するような最後の言葉がかなり気に障り、ザンザスは綱吉に短く怒鳴るとまたソファに寝転がった。
だんまりを決め込んだザンザスの背中に向かって、綱吉はあきらめずに話しかける。

「あのね、今日は何のパーティーか知りたくない?」
「…………」
「実はハロウィンなんだ。 ハロウィンって日本人のオレなんかよりもザンザスたちのほうが馴染みあると思ったんだけどさ、そうでもないのかな?」
「…………」
「仮装していろんな家の扉をたたいてお菓子もらったりしてさ、かぼちゃをくりぬいて作るあれ、なんていったっけ?」
「…………」
「ほらほら、あのおばけみたいなの、あれなんていうの?」

とにかく何とかしてザンザスの気を引きたくて、綱吉は必死に話し続ける。
しかしザンザスのあまりの反応のなさに、綱吉が今日はもうあきらめようかと肩を落とした頃、無言を通していたザンザスからようやく答えが返ってきた。

「……Jack o' lantern」
「そうそうそれっ、なんだやっぱりザンザスも知ってるんだね!」
「Will o' the wisp」
「えっ、なに? ザンザス今なんて言ったの?」
「さしずめ聖ペテロが老いぼれでオレを哀れむてめーが悪魔か、笑わせやがる」
「えっ?何の話?」
「…………」
「ねぇ、ザンザス〜……はぁ」

一方的に話したのちにまた黙り込んだザンザスの背中が、もう綱吉とは会話を続ける意思がないことを示していた。
綱吉はため息をつきながら扉の前に向かい最後にもう一度ザンザスを振り返ったが、その背中からは拒絶以外の何も読み取れなかった。
ザンザスが言った言葉の意味を綱吉が知るのは扉の向こうへ戻った後の話となる。
綱吉から語られたザンザスの反応に周囲は顔を青くしたり冷や汗をかいたりとちょっとした騒動だった。
日本育ちの綱吉にとってハロウィンと鬼火に関係した民話があることを知らず、ましてやその内容がザンザスを揶揄することになるなど想像もできなかった。
綱吉がそんなつもりはなかったと伝えたくて慌てて部屋へと戻ってみてもザンザスの姿はすでにそこにはなく、綱吉は今回も二人の交流が失敗に終わった事を悟った。


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