1)
未来の世界で白蘭の率いる真6弔花との決戦前夜、綱吉は通信室にいた。
何も映っていない大きなモニターの前で、綱吉は手元のボタンを押すべきか止すべきか悩んでいた。
繋がる先はイタリアのヴァリアー本部で、綱吉が話をしておかなければと思う相手はそのボスであるザンザスだった。
今回の戦いは綱吉にとって周囲の人間を守るためのものであってボンゴレを守るためのものではない。
しかしザンザスにとってはボンゴレの根幹を揺るがす戦いだと考えているはずだ。
ヴァリアーもボンゴレファミリーの一部である事には変わりなく、これから始まる綱吉たちの戦いの結果によってはその存在を大きく左右されるに違いない。
そんな大事な戦いなのにザンザスと話さないまま赴くことはできない。
そうは思うものの、まだ14歳の綱吉にとってヴァリアーとのリング戦はついこの間の話で、ザンザスをすごく傷つけてしまった自覚もあるからなかなか目の前のボタンを押す事ができない。
多分ザンザスのほうも綱吉を嫌っているはずだと思うし、自分とザンザスの性格を考えるとあれから後に友好を深められたとは考えづらい。
「はぁぁぁぁ、どうしよう…………んっ?……ぁあーっ!」
綱吉が肘を突いて頭を抱えた拍子にその肘がボタンに触れた。
モニターの電源が入った事で急に目の前が明るくなり、綱吉は自分の意思とは関係なく通信ボタンを押してしまった事に気付く。
綱吉は恐る恐る頭を上げてモニターに目をやると、誰も座っていない椅子が映っていた。
「あれっ……もしもーし、もしもーし、誰もいない?」
「るせぇ」
「うわぁっ!」
画面の向こうにザンザスの姿は見えず、しかし不機嫌そうな声だけが綱吉を威嚇してきた。
声だけとはいえ、ザンザスの存在は確かに画面の向こうから強く感じられる。
「こんな特別回線使いやがって、いったいなんの用だ?」
「えっ? 特別?」
「……ドカスが、知りもしないのに何でもかんでも触るんじゃねぇ」
「すすすっすいません」
「で、なんなんだ?」
「あのっ、明日オレたち白蘭と戦う事になってて、それで、その……ひぃっ」
ドカッという音と共に、ザンザスの不機嫌そうな顔が画面に大きく映された。
画面に映る目の前のザンザスは綱吉が知っているザンザスよりもずっと大人びている。
ザンザスの紅い眼だけが相変わらず綱吉をきつく睨みつけていて、綱吉は蛇に睨まれた蛙のように脂汗を流してしまう。
「ふん、酒がまずくなるツラだ。 その格好は見掛け倒しか?」
「あっ、あの、これは正装って言うか、明日のためにって皆で揃えたもので……」
「……中身は別として、外側は悪くねぇな」
「あっ、ありがとうございます」
「ぶははっ、てめぇの事は褒めてねぇんだがな」
「……ごめんなさい」
シュンと小さくなった綱吉を見て、ザンザスは面白くなさそうに手元のグラスを一気にあおった。
ザンザスはそのまま仰け反るようにして椅子に座りなおし、その長い足を手前のテーブルに引っ掛けた。
綱吉は上目使いにザンザスの様子をうかがった。
その顔に浮かんでいる傷跡が、リング戦直後のものよりもはるかに薄く少なくなっている事に綱吉は少しほっとした。
「おいカスガキ、俺の顔に何か付いているか?」
「違っ、そうじゃなくってその逆で、あの時の傷は治ったんだね?」
「……何年経ったと思っているんだ?」
「そうだよねっ、あれからこっちでは10年くらい経っているんだった」
「てめぇのそのビクつき加減は10年経っても変わらなかったがな」
ザンザスの言葉に綱吉はやっぱりと顔を曇らせる。
未来へ来て大人になった仲間達の話を聞いて、10年経てばさすがの綱吉も不本意ながらドン・ボンゴレとしてしっかり成長できているのだとは思う。
しかしザンザスへの負い目はその分強くなっていったのではないかと綱吉は想像する。
ザンザス自身もリング戦の後にいきなり気持ちを入れ替えて綱吉と仲良くできる人間だったなら、たぶん2度目の内部抗争は起きなかったに違いない。
そうしてお互いに尻込んで歩み寄るチャンスをことごとく逃しながら気付けば10年が経っていたということだろう。
綱吉は胸に感じるキリキリとした痛みに手を当てながら、申し訳なさそうにザンザスを見つめた。
そんな綱吉の様子にザンザスの顔がまた不機嫌なものへと戻っていく。
ザンザスの表情の変化を目にして、このままでは何も変わらないと綱吉は慌てて口を開いた。
「オレ、明日がんばるからっ!」
「当たり前だ、まぁくだらん結果になったら白蘭のカスともども俺がかっ消すだけだがな」
「うん、でもオレ、ザンザスのためにも頑張るから、だから、その、勝って帰ってきたらオレとちゃんと話してもらえますか?」
「……? 話なら今してるじゃねぇか」
「そうじゃなくて、オレの知ってるザンザスはまだオレのことすごく嫌ってて話なんてさせてもらえる状態じゃないと思うから」
「……だろうな」
「でも今のザンザスはこうして話させてもらえてて、でもそれは10年前のオレだからだと思うし、この時代のオレ達はまだちゃんと話とかできてないんじゃないかと思って」
「…………」
ザンザスの無言の反応に綱吉は自分の言った事が当たっていると確信する。
未来の綱吉の相手はできなくても、いま現在の綱吉はまだ子供だからなのかなんとか話に付き合ってもらえている気がする。
それならばこれをチャンスと思って、和解とまではいかなくてもお互いに少しでも気を使わずに話せるきっかけとなればと綱吉は考えた。
綱吉の考えを読みきれていない様子でザンザスの表情は少し困惑している。
「沢田綱吉、てめぇ何を企んでいやがる?」
「何も企んでなんかないよっ」
「てめぇと何を話し合えっていうんだ?」
「なんでもっ、ザンザスとちゃんと話しさせてくれるんならオレはどんな事でもいいと思う」
「わけがわからねぇ」
「うん、オレも頭の中がまとまってなくてどう言ったらいいかわからないんだけど、ダメ?」
「…………」
疑いの眼差しを向けるザンザスの紅い眼を綱吉が必死の瞳で見つめ返してくる。
いくら綱吉を睨みつけてもその頭の中はどうにも理解できない。
黙ったままのザンザスに堪えられなくなった綱吉は小さな声で呼びかけた。
「ザンザス?」
「……いいだろう、ただし話はてめぇが白蘭のカスをかっ消してからだ」
「うんっ! あのね、ザンザスのことオレは嫌いじゃないよ。 だからさ、オレ明日頑張るから帰ってきたらちゃんと話そうね」
「おい、話がかみあってねぇぞ」
「うん、ごめん。 なんか明日すごい頑張れる気がしてきた。 ザンザスありがっ……」
綱吉は喜んで身を乗り出した瞬間にどこか別のボタンを押してしまったらしい。
急に真っ暗になった画面の前で綱吉は慌てたが、手元のボタンを押して再び回線が繋がった先でザンザスの気が変わっていたらと思うとさすがに勇気が出なかった。
どちらにしろ明日のミルフィオーレとの戦いに勝てばいいことだと考えて綱吉は通信室を後にした。
同じように急に真っ暗になった向こう側では、電源の落ちた画面の前でザンザスが呆気に取られていた。
「だから話がかみあってねぇって……あのガキ、勝手に回線切りやがった」
回線が繋がったときと同じようにザンザスの都合もかまわずにいきなり切れた画面は、鏡のようにザンザスの顔を映し出している。
ザンザスは画面に映し出された自分の顔に残る傷跡を見ながら、綱吉の言葉を思い出す。
綱吉は傷が治ったと喜んでいたようだが、実際は目立たなくなっただけで消えたわけではない。
もし綱吉がそのことに気付いたとしたら、またおどおどとした顔をされるに決まっている。
綱吉のおどおどとした表情はザンザスに勝った事での負い目からくるものであって、それはまるで哀れまれ続けているようで気に障っていた。
あの顔を見るのが嫌でまともに話をする気にもならなくて、長いあいだ綱吉との対話は必要最低限にしてきた。
14歳の綱吉はそんな2人の関係を言い当てて、それをどうにかしたいと訴えてきた。
そんなものは自分達の本来の時代でどうにかしてみろと思ったが、ザンザスは過去の自分を思い出してそれも無理難題だと考えて口をつぐんだ。
どうせ全てが終わればこの時代から消えてしまう14歳の綱吉との約束が果たされることはないはずだからとザンザスは適当に話をあわせていた。
そんなザンザスの思惑に気付くことなく、なぜか有頂天になった14歳の綱吉は拙い告白まがいの言葉を口にしながら画面から姿を消した。
綱吉が口にしていた全ての言葉の裏に何が隠れているのかとザンザスは画面に映った自分の顔を見つめながら思考を繰り返す。
その頬がザンザスの自覚も無くほんのりと血の気を濃くしている事を黒い鏡のようなモニター画面は映しきれずにいた。
continua a 『fiorellino 2』