この腕に、抱えきれる人はたった一人だけ。
それはこの世で一番大好きな人。
この胸に、抱え込めるのはたった三人だけ。
それはこの世で一等大切な人。
これ以上はいらない。
これ以上はこの世で出会うわけも無い。
でもそこで、うっかりぽっかり穴が開いたりなんかして
。
もしもどれかを失くした時に、定員割れした穴の埋め方
が分からない。
沖田はぼんやり空を眺める。
死んだ人間はお空の星になるんだよと、誰かが言った。
そんなことがあるわけはない。
なぜなら小さく瞬くあの星々は、その一つ一つが数多の
生命を抱え込む立派なゆりかごだと知っている。
向こうから見れば今自分が立っているこの星も、向こう
の誰かが星になったと言われているかもしれない。
なんて尊大で傍迷惑な誤魔化し方だと、鼻で笑って相手
を怒らせたような気がする。
「何眺めてるアルか?」
いつの間にか横にチャイナが立っている。
不覚にも声をかけられるまで、彼女の気配に気付かなか
った。
それを悟られるのが嫌で、沖田は空を見上げたまま言葉
を返す。
「あんたにゃ関係のねィ事ですぜ。」
「はは〜ん、さては魚が降って来るのを待ってるアルな
。」
「そんな異常気象待ってどうするんでィ。」
「もちろん食うアル。」
意味の無い会話が交わされる。
こんな時にと沖田は頭の片隅でため息をつく。
でも妙に気を使われるよりはマシかとも思った。
「それで、アンタは何しにきたんですかィ?」
「銀ちゃんがいないアルよ。どこに隠した?」
「さてねェ。俺じゃわかんねェなァ。」
「嘘つくアル。銀ちゃんに何したアルかっ。」
「だから知らねェってんのに、頭悪ィチャイナだねィ。
しつけェ女は嫌われやすぜ。」
「んだとゴラァッ!いたいけな美少女に向かって!!死
ネッ、死んで詫びろアル!!!」
沖田の言葉に気分を害したかぶらが連続で蹴りを入れて
きた。
よくもまぁこんなに簡単に死ね死ねと口に出来るものだ
と感心する。
そうは言っても、自分だって今まで散々土方に口を滑ら
せてきた言葉なので、人の事は言えない。
神楽の蹴りを最小限のダメージでかわしながら、沖田は
また空を見上げる。
いつもより毒舌が少なく反撃も殆どしない、そんな沖田
の様子に神楽が訝しむ。
「おい、オマエ大丈夫アルか?なんか腐ったモンでも食
ったんじゃないアルか?」
「そんなんじゃねィですよ。ちィっとばかし考え事して
ただけでさァ。アンタと違って頭が良ィもんでね。」
「まだ言うアルかぁぁぁっ!!!」
「悪ィんですがね、そういうのはまた今度にしやせんか
?」
怒り狂う神楽を諌めて沖田は空を指差した。
天に向かう指先につられて神楽も空を見つめる。
「・・・・・・?そんなに魚が降って来るの楽しみにし
てるアルか?」
「そうじゃねィよ。いい加減魚から離れてくだせェ。」
「じゃあ何アル?」
「アンタ、空の向こうから来てるんだったっけねィ?あ
っちからこっちはどう見えていやがるんです?」
「ただのお星様アルよ?それよりホントにオマエ大丈夫
アルか?」
神楽は自分の答えにニヘラと笑う沖田を気味悪そうに見
つめて後ずさる。
そんな神楽の様子を気にも留めず、沖田はクスクスと笑
いながら空を見つめ続けた。
「そうだねィ。ただのお星様にしか見えるわけねェって
、俺だって分かっちゃいるんでィ。」
「オマエ本気で気持ち悪いアルよ。」
「いえね、死んだら人は天に昇って星になるんだって。
そういう馬鹿なコト言う大人がいましてねィ。」
星は星で人は人。
やっぱり人は死んだらそれまでだと、そう思った途端、
急に両腕が軽くなった。
あまりの軽さに腕の置き場が無くて、仕方なく上を向い
たままの顔を両手で覆う。
その時、神楽が口を開いた。
「そうアルよ。人は死んだら星になるアル。」
「はァ?んなわけねィだろ。星は誰かが死ぬずぅっと前
からそこにあるじゃねェか。」
「人は死んだら星の真ん中に戻ってきて、残った奴らの
目に届く所でいてくれるアルよ。そんなことも知らなか
ったアルか?」
沖田は驚いた顔で神楽を見つめる。
慰めているつもりなのかと勘繰ったが、そのキョトンと
した顔を目にすると、どうやら本気でそう思っているに
違いない。
「コレだからお子様は幸せだねィ。」
「そうアルか?オマエのほうがガキ臭いアルよ。」
「いくら今日俺が大人しいからって、あんまりナメた口
きィてると、承知しやせんぜ。」
「気分が萎えたアル。いつもの沖田が出て来るまで勝負
はお預けするアルよ。」
神楽が沖田に背を向けて歩き出すと、どこに隠れていた
のか大きな白い犬が現れた。
そして神楽を守るように寄り添って歩調を合わせる。
少し歩いた所で神楽が振り返り、沖田に向かって怒鳴っ
た。
「オマエ今後辛い物食べるの止めるアルよっ!!沖田を
やっつけるのはこの神楽アルからなっ!病気になんてな
りやがったら承知しないアルよぉっ!!!」
言いたい事だけ叫んだら、神楽はまた定春と歩き出した
。
今度は振り返ることなく、二つのシルエットは視界から
消えた。
後に残された沖田が呟く。
「なんでィ、やっぱり知っていやがったんじゃねェです
かィ。」
神楽の言葉に、辛いものを食べずに甘いものばかりを食
べる自分を想像して、沖田は胸焼けを覚える。
吐き気のする口元を無意識に押さえて、腕の重さが戻っ
ていることに気が付いた。
腕の重さを確かめながら、また空を見上げて星を探す。
この世で一等大切な人達は、相変わらずこの胸で腹が立
つほどのさばっている。
この世で一番大好きな人だけが、空に昇って宇宙で一番
大好きな人になった。
この世で一番大好きな人を抱えていた腕にできた空虚。
抱える人のいない腕は、とても軽くて不安定だったから
。
仕方がないから別の誰かを入れてあげよう。
今度は簡単に格上げされないように。
ずっとずぅっと格下の、下の下の下な人にしよう。
たとえば粗野で乱暴で頭の悪い人。
そんな人にしようと思う。
2度とこの腕が空かないように。
終わり