L'augurio che non si avvera 




リング戦後、再びボンゴレ9世の監視下に置かれることとなったザンザスは氷の棺に囚われていたほうがましだとでも言わんばかりに荒れすさんでいた。
強い鎮静剤を投薬してようやく大人しくさせられているのものの、わずかにでも薬の効果が薄れた途端に渾身の力を振り絞り、体に繋がれた管や巻かれた包帯を全てむしりとろうと暴れだす。
そのたびに薬は追加され、二度の零地点突破によりすでに限界を超えているザンザスの肉体が悲鳴を上げる。
薬の代わりに拘束を考えたこともあったが、意識の戻ったザンザスは体ががねじ切れそうになることもかまわずに暴れ続けた。
新しく傷を増やし続けられては治るものも治らないと苦渋の選択で、細心の注意を払いながら鎮静剤が使われ続ける。
薬に体を蝕まれるほうが早いか、怪我が悪化して治癒が困難となるほうが早いかという最悪の状況で、ボンゴレファミリーに所属する医療チームは最大限の努力を惜しまずに働き続けていた。
色を失った顔で眠り続けるザンザスの部屋へ呼び出されたスクアーロはベッド脇でザンザスを見つめる老人を目にして顔をしかめた。

「う゛お゛ぉおい……なんであんたがいるんだぁ?」
「父親が息子のそばにいるのがおかしいか?」
「あんたはそいつの父親じゃねぇだろぉ」
「それでもわしは昔も今もずっと、この子のことを自分の息子だと思っておるよ」

ボンゴレ\世の名を背負う老人はザンザスの寝顔を見つめたまま、不躾なスクアーロの言葉に静かに答えた。
車椅子に座った老人は表情こそ穏やかなものの顔色自体はあまり良いとはいえず、その体はザンザスと同じように包帯や点滴が取り付けられている。
それはスクアーロも同じで、この3人は今回のリング戦で共に瀕死の重傷を負っていた。
スクアーロはボロボロになってうまく動かない身体に加えて環境的にも厳重な警戒態勢の下で監視されていたため、いままでザンザスに近寄ることはおろかその様子を窺い知ることすらできないでいた。
つい先ほどスクアーロは車椅子上で拘束されたままではあったが、ようやくザンザスと会うことを許された。
そしてリング戦終焉から初めて目にしたザンザスの現状と、ザンザスをここまで追い詰めた張本人との対面に困惑していた。
顔を歪ませたままのスクアーロを尻目に、老人は自分を心配そうに気遣う周囲の人間に部屋の外で待つよう優しく命令した。
穏やかな口調の裏にドンボンゴレの絶対意思を忍ばせた老人の声は、その場の誰もが従わざるを得ないほどのものだった。
老人を守るためにその場にいた人間たちが、スクアーロを睨みつけながら一人ずつ外へと出て行く。
そうして怪我人だけとなった部屋で、老人はザンザスを見つめたままスクアーロに話しかけた。

「君とは一度きちんと話をしておきたくてな」
「……?」
「君はこの子の雨の守護者だったね、それは戦いに負けた今も変わらないのかい?」
「あたりまえだぁ、オレはあんたが植えつけたこいつの強い怒りにずっと惹かれ続けてるからなぁ」
「……そんな君の強い想いがこの子を追い詰めていったと考えたことはないのか?」
「う゛お゛ぉい、一体なにが言いてぇ?」

老人の僅かに険を含んだ言葉にスクアーロは即座に反応する。
ザンザスの強さを疑わないスクアーロにとって、ザンザスが追い詰められるなどという老人の言葉は聞き流せるものではなかった。
しかもザンザスを追い詰めているのがその右腕である事に全てをかけているスクアーロ自身だなどどいうことはあってはならない。
いまだに痛みすら鈍く感じるボロボロの身体にありったけの力をみなぎらせてスクアーロは老人に牙を向ける。
そんなスクアーロを気にした風もなく、老人は痛々しそうな眼差しをザンザスを向けたまま話を続けた。

「人にはどうしようもできないことがたくさんあり、この子の場合はそれが血の繋がりだった。 わしはその事でこの子を傷つけたくなかった」
「あんたが隠したその嘘をザンザスは許さなかった、ありがたいことにあんたの嘘がそいつをもっと強くしたんだぁ」
「それは違う。 この子は許す機会を失ったんだよ、いつもそばに君がいたからね」
「……どういうことだぁ?」

スクアーロは老人を嘲笑うような言葉をわざと選んで挑発する。
それに対する老人の言葉はとても静かで穏やかながらも強い威厳を帯びていてスクアーロを押しつぶそうとする。
いまここで押し負けたらもう二度とザンザスのそばにいられなくなるような気がして、冷たい汗がスクアーロの首筋を伝う。
老人の声はどこまでも優しく、年端の行かない子供に言い聞かせるようにゆっくりと話してくる。

「人はいつまでも怒り続けることはできない、途中で怒る事に疲弊して心が折れてしまうからね」
「ザンザスは特別だぁ、その証拠にオレは今もずっとそいつの怒りを感じてるからなぁ」
「君のその盲目的なまでの執着がこの子に折れることを許さなかったのだとしたら?」
「んなことあるわけねぇ、そいつが誰かのために自分をどうかするなんて事あるわけねぇぞぉ」
「本当のこの子はとても優しいから、自分に期待する人の気持ちに応えようといつも必死なんだよ」

老人は幼い頃のザンザスがボンゴレ\世の息子となる為に、どれだけ努力していたのかを知っている。
だからこそ当時は何も言えないでいた。
その自分の甘さがここまで醜くねじれた現在を紡ぎだしたのだということはもちろん自覚している。
しかし今スクアーロに語ったように、真実を知ったザンザスがいつか怒りに疲れて現実を受け入れられるようになる日を待ち望んでいたのも事実だ。
それが叶わなかったのはスクアーロという存在がザンザスの怒りを容認し続けたからだった。
ザンザスにとってはボンゴレ]世になることが自分の存在意義であり、自分を引き取ってくれた父親の気持ちに応える一番の方法だと思っていた。
今となってはザンザスの拙くて幼いその真っ直ぐな気持ちが純粋なだけに、なおさら彼が老人の嘘を許せなかったのだという事も理解している。
しかしもしかしたら、血の繋がりなどなくても親子になれると思っていたのは自分のほうだけだったことに失望する老人の心をザンザスは見透かしていたのかもしれない。
ザンザスはその失望の理由をボンゴレ]世を受け継ぐ事のできない自らの中に流れる他人の血のせいだと思った。
そして父親だと信じていた人を失望させたと感じたザンザスはもう二度と誰も失望させられなくなったのではないか。
だからこそ、ただ純粋にザンザスの怒りに惹かれその腕さえも簡単に差し出すスクアーロの想いの強さはザンザスをますます頑なにしていった。
途中で怒りに疲れて真実を受け入れることができないまま、ザンザスは道を誤りつづけた。
結果として8年前の「揺りかご」や今回の「リング戦」は引き起こされ、ザンザスをさらに傷つけていった。

「わしは君をこの子のそばに置いたことをずっと後悔している」
「だったらなんだぁ、今ここで始末でもするってのかぁ?」
「まさか、君にはこれからもずっとこの子と一緒にいてほしいと思っているよ」
「う゛お゛ぉい、言ってることがめちゃくちゃだぞぉ、とうとうボケたかぁ?」

老人の目が初めてスクアーロを映した。
嘘をつき続けたことに対する負い目から、老人はザンザスが望むままにヴァリアーもそのボスの座も与えてきた。
そして幸か不幸かヴァリアーはザンザスの強さに心酔し、いつしかザンザスのために存在する部隊となっていった。
ザンザス本人は気づいていないけれど、部下の期待を裏切らないためにザンザスはさらにその怒りと強さを高めていった。
そのうちにそうやって怒りを燃やし続けることがザンザスの生きる理由となっていた。
もちろんそれはスクアーロの存在も同じ事で、スクアーロがザンザスの怒りに惹かれ従うあいだは、ザンザスは己が望むザンザスとして生き続ける。
きっとこれからもずっと、ザンザスが生き続けるためには理由が必要なのだと、今回の戦いを通して老人は誰よりも気づいてしまった。
老人が思い描いた穏やかで暖かい親子の時間は叶わぬ夢となってしまったが、それでもザンザスが生きていてくれるのであればそれでいいと老人は心からそう思い始めている。
そのためには今もそしてこれからもザンザスにはスクアーロが必要だった。

「今はね、この子が生きることを選び続けてくれるのなら、そのために必要ならば誰がこの子のそばにいようとかまわないと思っているよ」
「ずいぶんと心が広くなったなぁ」
「子供が成長するように親も共に成長していくものだからね」
「だけどなぁ、いまさら父親面したってそいつは信じねぇぞぉ、ザンザスにはあんたの愛情なんて理解できねぇからなぁ」
「この子には理解できなくても、君にならわかるだろう?」
「う゛お゛ぉい、なに気持ち悪い寝言をほざきやがるんだぁ?」

スクアーロの不信に満ちた表情を見つめながら、老人は幼い手に炎をともした子供の目を見たときの事を思い出していた。
今よりもまだ若く自信に満ちていた自分は眼前の幼い子供を幸せにできる力が己にあると思い上がっていたのかもしれない。
それまでのその子の生活からは考えられないほどの贅沢と教育を与えた。
貧しく心を病みきった母親には絶対に与える事のできないものを与えた事で、彼女よりもザンザスを愛した気になっていた。
しかし愛される事を知らない人間にとって無条件に物質的な豊かさを与えられるという事は、暗に見返りを要求されているという心理的な強迫感を産む事がある。
幼いザンザスは無意識の中で自分はボンゴレ\世から立派な後継者になる事を望まれているのだと勝手に思い込んだ。
そしてそんな子供の気持ちに気付こうとする努力もせずに、老人は独りよがりな父親の役を喜々として演じていた。
無条件に愛されるという事を理解できないまま大人になったザンザスの血を吐くような台詞が、老人の後悔をさらにかきたてる。

「この子はリング戦で無償の愛など役に立たないと言ったそうだね」
「ああ、オレもそのとおりだと思うぞぉ」
「では、君はなにか見返りがあってこの子のそばにいるとでも言うのかい?」
「う゛お゛ぉい、バカにすんじゃねぇぞぉッ!! オレはあいつの強さに惹かれて勝手にそばにいるだけだぁ、それ以外になにも無いぞぉ」
「君のそれは無償の愛情とは言わないのかな?」
「…………ッ」

スクアーロはザンザスを散々追い詰めてきた老人の言葉など全て切り捨ててやりたいと、本気でそう思っている。
しかし今の言葉を否定する事は、スクアーロが浅ましく見返りを求めるためにザンザスの元に居るという事であり、それは明らかに違うとはっきり主張したい。
黙って睨みつけるスクアーロを見つめる老人の瞳はどこまでも穏やかで寂しそうな光を湛えている。
認めたくはないが老人の言葉は全て本当で、どうやらザンザスに対する愛情も老人なりに本物らしいとスクアーロは感じた。

「う゛お゛ぉい……もし、あんたの愛情ってのがザンザスの怒りと同じくらい強いならよぉ、そいつだっていつかはあんたの嘘を許してくれるかもしれねぇぞぉ」
「もしもそうならそんなうれしい事はないだろうがね、残念ながらその『いつか』を待てるほどわしの命は長くないだろう」
「やっぱりだぁ、結局あんたはそうやって理由をつけてはこいつから逃げ出すしかしねぇっ!」

掃き捨てるように乱暴な言葉を投げつけるスクアーロをとがめようともせず、老人はただ黙ってその言葉を聞いていた。
身体ばかりが大きく育ったザンザスの心はいまだに幼く頑なまでに純粋だから、ザンザスが愛される事に馴染んでいくためにはまだもう少し心の成長が必要となる。
そしてそれと共にザンザスに惜しみない愛情を注いでいけるような人間が必要だった。
老人に残された時間では心の成長を見守るには足りなさ過ぎて、またどれほど必死に愛情を注いでみても今のザンザスには老人の想いを受け入れる事ができない。
ザンザスが気持ちを受け入れられるだけの存在となっている人間で、かつザンザスと同じ時間を進んでいける人間は今のところスクアーロ以外に見当たらない。
老人がザンザスを託す相手はスクアーロだけだった。

「無償の愛情なんてものは若い君には酷かもしれないが、どうかこれからもそうやってこの子を裏切らずにいてほしい」
「あんたに言われるまでもねぇ、そいつが望もうが望むまいがオレは勝手についてくまでだぁ」
「……さて、そろそろこの子が起きる頃だ、君がそばにいてくれないか?」
「あんたも逃げずに居りゃいいだろぉ」
「わしは少し疲れたんでね、それにこれ以上はまわりの者たちがここにいる事を許してくれんだろう」
「う゛お゛ぉい、あんた父親だからこいつのそばにいてもおかしくねぇって、さっき自分でオレにそう言ってたんじゃねぇのかぁ?」
「…………この世の中でそう思っているのはわしだけなのかもしれないな」

いまさらどれほど悔いたところで老人とザンザスとのあいだに流れ去った時間は取り戻せない。
せめてこれからは時間の全てをザンザスのために使いたいと願っても、老人が立っている場所がそれを許さない。
寂しそうに笑いながらザンザスを見つめる老人の姿に、スクアーロは全ての言葉を失ってしまう。
程なくして部屋に入ってきた複数の人間たちがスクアーロから守るように老人を取り囲み、そのまま退室していった。
そうしてスクアーロはどうしようもなく歯がゆい気持ちを抱えながら、一人取り残された部屋でザンザスの目が覚める瞬間を待ち続ける。
老人に言われたからではなく、あくまで自分の意思でそうしているのだとスクアーロは心の中で自分に強く言い聞かせていた。




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