per scherzo



机に高く積み上げられた書類のあいだから綱吉は恨めしそうな視線を投げかけていた。
視線の先にはザンザスが膝上に上がったオレンジ色に光る小動物を撫でている。
ザンザスの手つきに小さなライオンの子供は気持ちよさそうにのどを鳴らし、もっと撫でてとザンザスの太腿に頭を摺り寄せた。

「あーっ! もう我慢できないっ、そいつを膝の上から叩き落してよっ!」
「……るせぇ、わけのわかんねぇこと言ってないでさっさと書類片付けろ」
「じゃあザンザスも手伝って」
「てめぇの仕事だ」
「……ひとりじゃ終わんないです」
「今みたいに無駄口叩いてる暇があればそのうちの一枚はできたはずだが?」

ザンザスからの冷たく手厳しい指摘に綱吉は言葉を詰まらせる。
ボンゴレリングが綱吉をボンゴレ]世を継ぐことを認めたからといって、それまで普通の一般人生活を送ってきた綱吉がいきなりマフィアを束られるわけがなかった。
どれほど戦いを重ねて強くなったところで、強さだけでその下に付く多くのファミリーを束ねる事はできない。
綱吉がボスとして必要な能力はまだまだたくさんある。
日本の高校を卒業した後、実質的にドン・ボンゴレとなったばかりの綱吉には書類仕事ひとつとっても満足にこなせないでいた。
そんな綱吉の教育係権お目付け役に上がったのが、過去にもっともドン・ボンゴレに近いと言われたザンザスだった。

「ザンザスってさぁ、リボーンよりもスパルタ放置プレイだよね」
「この程度で弱音吐くな、ドカスが」
「吐きたくもなるよ、だってせっかくザンザスと一緒に仕事できると思って喜んでたのに、ザンザスが相手するのはいつもそいつばっかりでオレなんかほったらかしじゃん」
「……うぜぇ」

ザンザスは心底冷え切った言葉をつぶやく。
それを聞いて綱吉は八つ当たりのようにザンザスの膝元でくつろぐ小さなライオンに自分の匣兵器に帰れと恨みのこもった目で睨みつける。
その視線に気付いた小さなライオンの子供は主人であるはずの綱吉に対して威嚇の唸り声をあげながら、ザンザスの身体にもっとその身をくっつける。

「ぶはっ、自分の匣ひとつ満足に従えていないのか?」
「違うよっ! そいつはオレと一緒でザンザスのことが好きだから匣に戻りたがらないだけっ」
「……どさくさにまぎれてくだらねぇこと言ってんじゃねぇ」
「なんでそうザンザスはオレにツレないの?」
「くだらん話はどうでもいい、てめぇがその書類終わらせないと俺も帰れないんだが?」
「オレと泊まっていけばいいじゃん」
「かっ消されたいか? ドカス」

ザンザスの言葉にシュンとなる綱吉を見て小さなライオンは機嫌よくのどを鳴らす。
ザンザスはいくら綱吉が告白してもまともに取り合おうとはしてくれない。
男同士である事や過去の因縁など2人を邪魔する問題はたくさんあるが、その最たるものがザンザスの反応だった。
どうもザンザスは綱吉の気持ちを子供の甘えと受け取り、男としての本気とは考えていない節がある。
そのおかげでまれに過剰なスキンシップが成功することもあるが、どうしてもそれ以上先には進めない。
ザンザスに触れている時間や親密度で言えば匣兵器である小さなライオンのほうが綱吉よりも勝っているかもしれない。

「ザンザス、いい加減そいつ甘やかすのやめて膝の上から降ろしてよ」
「何度降ろしても勝手に上がってくる」
「じゃあベスター出したら? そいつベスターの事が大好きだからすぐそっちに行くよ」

ベスターの名前が出たとたんに膝の上の小さなライオンは目を輝かせてザンザスを見つめる。
その頭をなでながらザンザスは少し思案した末に一言つぶやいた。

「ベスターが嫌がる」

その言葉に小さなライオンは先ほどの綱吉と同じようにシュンとうなだれて力尽きたようにザンザスの膝元にうずくまる。
主人ともどもお目当ての相手につれなくされて情けないやら悔しいやら、ライオンの子供はザンザスの膝の上で小さく震えた。
哀れを誘うその姿にザンザスが優しく手を伸ばす。
手元の小さなライオンはもっと撫でてと小さく泣き声をあげてザンザスの手にすがりついてくる。
その光景に綱吉は不機嫌そうな声を上げた。

「ベスターがダメならザンザスに都合よく甘えて、そいつばっかりずるいっ!」
「動物相手にムキになっててめぇは阿呆か?」
「大体なんでベスターはそいつの事嫌がるんだよ?」
「じゃれつきながら付きまとって尻ばかり嗅ぎまわるからだろう。まぁ動物としては仲間かどうか確認する普通の行動だろうが群れる必要のないベスターはそういうのに慣れていないからな」
「……それ、絶対違うと思う」

ベスターはザンザスよりもその身の危険をしっかりと察知できているに違いない。
ザンザスの膝の上にいる小さなライオンは綱吉の分身でありながら動物であるがゆえに綱吉よりも本能に忠実だから、ベスターにとってはあからさまなその求婚行動が耐え難いのだと言う事にザンザスは気が付かない。
べスターの主人であるザンザスは小さなライオンの表面的なかわいらしさに騙されてすっかり懐柔されてしまっている。
そんな主人の手前、ベスターもそう強くはこの小さなライオンを追い払えなくていつもウロウロと落ち着けないでいた。
ベスターの落ち着かない様子に気付いてからのザンザスは綱吉と小さなライオンの前ではあまりベスターを出さなくなっていた。
匣の中に逃げ込まれてなかなかベスターに逢えない自分の匣兵器を眺めながら、ザンザスが匣兵器じゃなくてよかったと綱吉は本気で喜んでいる。
知らずに笑顔になっていた綱吉に、ザンザスが不機嫌そうな声で話しかけてくる。

「で、いつ終わるんだ?」
「……もうちょっと、です」
「早く終わらせろ、腹が減ってきた」
「じゃあさ、この後でおいしいステーキのお店に行かない?」
「……てめぇのそれは閉店時間までに終わるのか?」
「がんばりますっ!!」

肉の誘惑に負けたザンザスは沈黙の中で綱吉との食事を承諾した。
綱吉は小さなライオンほどの強引さと積極性はまだ見せられない。
そんなものを見せたらいくら鈍いザンザスでも綱吉の気持ちに気付いてあっという間に消えていなくなってしまいかねない。
恋愛感情に関してはベスターよりも鈍くて綱吉の気持ちに気付こうとしないザンザスだが、ザンザスには逃げ込める匣はないから時間をかけてたっぷりと餌付けしながら捕獲してけばいいと綱吉はこっそりと計画する。
とにかく今は餌付け作戦決行のためにも目の前に山積みにされた仕事を片付けねばと、綱吉は死ぬ気の炎を額に灯す勢いで机に向かう。

「ドカスが、やればできるじゃねぇか」

いきなり仕事に励み始めた綱吉に少し驚きながらザンザスはつぶやく。
その膝元ではおろそかになった手の動きを非難するように小さなライオンがグルグルとのどの奥で声を上げていた。


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