1)
焼け爛れた顔に突きつけられた刃の光はとても静かで、睨みつけた先にある瞳は氷のように冷たい。
ザンザスは目の前で風に揺れる長い髪を今すぐ鷲掴み、その持ち主を地べたに這い蹲らせたい強い怒りに駆られる。
今までであれば怒りはすべてを焼き尽くす憤怒の炎となって、ザンザスが望む望まざるをかかわらずに周囲を丸ごと飲み込んでいった。
しかし、2度目の零地点突破とボンゴレリングからの血の拒絶を受けた今は炎を出すどころか指一つ満足に動かすことはできずに横たわっている。
身の内から湧きあがる怒りはそのまま熱となり、両手を覆う炎の代わりに薄くなっていた古い火傷の痕を再び白く浮き上がらせていく。
「う゛ぉ゛おい、どうしたぁ、ボス? ずいぶんと可愛い顔してやがるぜぇ」
「…………カスがっ……」
「無理して声出さなくてもいいぜぇ、目は口ほどに物語るっていうもんなぁ」
「………………」
「ほら、その奇麗な紅い眼が、俺に裏切られた辛さで痛い痛いって泣いて真っ赤に染まってやがるぞぉ」
「……ッ!!」
男の軽口に反応して、ザンザスの紅い瞳は強い殺気を放ち始める。
腹心ともいえる男がとった行動が許せないのではなく、ほんの一瞬でも裏切られたと思った自分自身に腹が立って仕方がない。
裏切られたと感じるのは、わずかでもその人間を信じる自分がいるということであり、出自の秘密を知って以来、自分のことすら信用できないザンザスにとっては他人に心を許すなど屈辱にまみれた敗北以外のなにものでもなかった。
「さてボスさんよぉ、お前は俺にどうされたい……俺をどうしたい?」
「消してやる……髪一本も残らずに…………消し炭にしてやるさ、このカスザメがっ」
ザンザスの言葉に、それまで薄笑いを浮かべていた男の顔から表情が剥がれおちる。
ザッという音とともに、ザンザスの鼻先に突きつけられていた刃が頬を掠めて右頬の真横に突き立てられた。
わざと外された刃の代わりに、お互いの鼻先が触れるほど近くに見慣れた男の顔が寄せられる。
表情の消えたその顔には、時折銀色に見間違えるほどに澄んだ灰色の瞳が2つ付いていて、怒りで染まったザンザスの紅い瞳とは対照的に冷たい光を静かに宿している。
「炎も出せない身体で何言ってやがんだぁ?」
「…………ッ」
「だいたいボスの炎は憤怒の炎なんだぜぇ、そんな仲間だなんだって甘っちょろい感情に揺らいじまってる今のお前に出せるわけ無いぞぉ」
「カスがっ……ふざっ、けるなっ!!」
ザンザスはすべての力を振り絞り、近づいていた男の喉元にきつく咬みついた。
喉に流れ込む生暖かい血が引き起こす吐き気に耐えながら、残された力のすべてで喉仏ごと肉を噛みちぎる。
男の血は間断なくザンザスに降り注ぎ、その顔を赤く染めていく。
力なく崩れ落ちた男の口がザンザスの左耳に触れた。
ヒューヒューという息の漏れ出る音に混じって濁った声がザンザスの耳介に滑り込む。
『ほら見ろぉ、またそんな顔しやがる』
「……ッ!!」
『去られるのも失くすのも嫌なら……全部捨てろぉ、俺が憧れ続けた怒りを手放すんじゃねぇぞぉ』
「…………ッ!!」
喉を破られ出るはずのない聞き慣れた声と、誰よりも一番自覚している言葉に苛まれながら、ザンザスはいつまでも溢れるつづける男の血に呼吸をふさがれ意識を手放した。
2)
遠くから何かを叩く音がザンザスの耳に聞こえてくる。
音が大きくなるにつれてザンザスは息苦しさを感じ始めた。
瞼が感じる重みが目を開くことを拒否しているが、音と息苦しさに揺さぶられて意識がゆっくりと浮上してくる。
そうしてザンザスはようやく自分が大きなクッションに顔を埋めるようにして眠っていたことを知った。
「…………。」
耳障りな音は重厚な扉の向こうから聞こえていて、いまだに止む気配を見せない。
いまいちはっきりとしない頭を押さえながらザンザスは扉へと近づいた。
その間にも激しく叩かれ続ける扉に向かってザンザスは自分の足をふり上げる。
力任せに蹴り上げた扉は勢いよく外へと口を開いた。
「フゴッ!!……う゛ぉ゛おぃっ、扉はいきなり蹴破るもんじゃねぇぞぉっ!!」
「黙れっ……このカスが、灰にするぞ」
「そりゃあ優しく起こしてあげられないスクアーロがいけないわよぉ〜、でもいつまでも起きてこないボスも悪っ……オブッ!!」
扉に顔面をぶつけて鼻血を流すスクアーロと、同じく顔面を固く握られた拳で殴りつけられたルッスーリアを振り返ることもなく、ザンザスは部屋の中へと足を戻す。
そして革張りのソファに身体を預けるとその手に炎をともした。
2度にわたる零地点突破の氷に閉じ込められた後も、ザンザスの手から憤怒の炎が消えることはなかった。
それはボンゴレの血を持たないザンザスがボスとしてではなく、ファミリーの一員としてボンゴレのために存在しているという証でもあった。
なにも知らなかった昔には誇りだったその炎が、今では自分をボンゴレに縛り付ける鎖でしかないことに怒りを覚え、怒りは憤怒の炎へと姿を変える。
ザンザスが炎に気を取られていると、いつの間に部屋に入ってきたのかスクアーロがすぐそばで立っていた。
「またボンゴレの間抜け共を殺りに行くのかぁ?それならまかせとけぇ、俺は2度と負けねぇぞぉ」
「…………。」
「ぅがっ!!」
ようやく血の止まったスクアーロの顔に向かって、ザンザスは手近にあったスタンドを容赦なくぶつけた。
何年経っても減ることのないザンザスの理不尽な暴力に腹を立てながら、スクアーロは部屋を出ていく。
廊下ではスクアーロをからかう声と、それに反応する怒声が聞こえた。
そんないつもと変わらない日常の中で、ザンザスの耳にはこびりついて離れない声が今もこだまのように鳴り響く。
「…………いずれは清算する過去の一つだ」
自分に言い聞かせるように呟いたザンザスの中で、よく知った男の含み笑いが聞こえてくる気がした。
夢の中に幾度となく現れるクアーロと同じ姿のスクアーロとは違う男がザンザスを試すというのなら、ザンザスは全てを捨てて何もかもを自分の足もとに這い蹲らせると心の底で誓った。
3)
ズキズキと鈍く痛む鼻を押さえながら、ザンザスのいる部屋から出たスクアーロに仲間からのヤジが飛ぶ。
「なに、また殴られてんの?だっせぇ、オレ王子だから殴られないもんね、うしししし」
「うるせぇぞぉ、お前は後がめんどくさいから殴られないだけだぞぉ」
「ベルちゃん血が出るとキレちゃうものねぇ、でも今日のボスはいつにも増して強烈ね、一体何したのよスクアーロ?」
「う゛ぉ゛おい!!俺は何もしてねぇぞぉ」
女子高生のように煩い仲間にうんざりとした顔を見せ、スクアーロは二人に背を向けその場を離れた。
まだまだスクアーロを囃し立てることに飽きていない二人の声はうるさく廊下に響き続ける。
誰の声も聞こえなくなったあたりでスクアーロは一人呟いた。
「……それは俺じゃねぇぞぉ、ったく……ボスもいい加減気付けぇ」
ザンザスの横暴な暴力に隠された意味を知ることができるのは、ヴァリアーの中でもたぶんスクアーロだけだった。
付き合いの長いスクアーロにはザンザスが見る夢も怒りの理由も何となく想像がつく。
少し拗ねたように口を尖らせたスクアーロの髪を、どこからか吹いた風が優しく揺らしていった。
終