びぃどろ 1

第一幕
『門出』

穏やかな春の日差しとは裏腹に、ヒル魔の心は暗く沈んでいた。
目の前に広げられている艶やかな振袖に複雑な表情を浮かべる。
今日はこの振袖を着て、会ったこともない男との見合いを演じなければならない。
見合いといえば聞こえもいいが、すでに親同士の決めた結婚への通過点という意味しか持たないこの時代では、逃げることも断ることも叶わず途方にくれる。
ヒル魔は今日、この振袖に袖を通した瞬間から見知らぬ男の元へ嫁ぐ羽目になるのかと思うと、火でもつけたい衝動に駆られた。
そっと振袖に手を伸ばしたそのとき、部屋のドアが開けられて使用人が入ってくる。

「お支度にあがりました。」
「..............。」
「さぁ、お召し替えなさいませ。」

無言のままのヒル魔の気持ちなど気にも留めずに、使用人はてきぱきと振袖を着せていく。
時々、『お似合いですよ』だの『お美しい』だの言われてもすべてが上の空で、ヒル魔はただの着せ替え人形になった心地がした。
やけに帯が苦しくて、顔をしかめながら締め付けられていく。
最後に背後の帯を整えられて、意気消沈する。
とうとう着てしまったかと、鏡の中の自分に向かって思いっきり舌を突き出した。

「はしたないっ!!」
「......うるせぇ。」

ヒル魔は自分を嗜める使用人に悪態をついて部屋を出る。
階段を下りるとすでに車が待っていて、いよいよ年貢の納め時かとため息をつきしぶしぶ乗り込む。
相手方へと向かう車中でもヒル魔の表情は一向に晴れなかった。
あまりの仏頂面に両親が声をかける。

「ヒル魔さん、お相手の方だってきっと素敵な人よ?」

いつも優しい母親まもりが宥めるようにそっとヒル魔の手を握る。

「......本当にごめん、僕がしっかりしていたら。」

父親の栗田が大きい身体を無理に小さくする。

「でも、ヒル魔さんが嫌なら......ねぇ?」
「うん、そうだよ。ヒル魔が嫌なら今すぐ引き返したっていいんだ。」
「......別に。あんたたちには育ててもらった恩もあるし。いつかは誰かの嫁にいかなきゃならないんだから、気にすんなよ。」

親といっても本当の親ではない。
それでも実の子供以上に愛情を込めて育ててくれていたのは十二分にわかっていた。
二人ともヒル魔が本気で嫌がれば、今回のことだって取り止めるに違いない。
けれどもそれでは没落しかけたこの家を守ることはできず、恩返しも出来ない。
この結婚が二人の役に立つのなら、とヒル魔は無理に笑って見せる。
その笑顔が痛々しくて二人は声を詰まらせ、また車内に沈黙が訪れた。
車はエンジン音を響かせて、ヒル魔の未来の夫が待つ料亭へと向かった。



第二幕
『初逢』

目的地の前で車は静かに止まった。
足取り重く車を降りるヒル魔を、店の仲居がにこやかに出迎える。

「いらっしゃいませ、先方様がお待ちでございます。さぁ、どうぞ奥へ。」

促されて両親の後からついて歩くヒル魔を、障子の隙間から男が見ていた。
その視線を感じ取ったヒル魔が立ち止まり、あたりを見回そうと顔を上げる。

「どうしたの?ヒル魔さん。」
「なんでもねぇ。」

母親の心配そうな声に、ヒル魔は平静を装う。

「こちらでございます。」

仲居の足が止まり、ヒル魔は障子の閉められた部屋も前に立たされていた。
この障子の向こうにすでに決められた伴侶がいるのかと思うと、ヒル魔は逃げ出したくなった。
ヒル魔が両親の後ろで少し後ずさりしたとき、障子戸が開かれた。
心の準備も満足に出来ていない状態で、いきなりヒル魔の目に男の姿が飛び込んでくるから、思わず俯いて目をそらせてしまう。
そのまま相手の顔を見ないようにして向かい合わせに席に着いた。

「お綺麗な方ですな。これならムサシも文句ないだろう。」

相手の父親らしき男がガハハと笑う。
ムサシと呼ばれた見合い相手は無言のままヒル魔を見つめてくる。
その視線がまるで自分を値踏みしているようで、ヒル魔はまともに顔を上げる事が出来ないでいた。
いつまでも感じる視線のせいで、仲人と親同士の会話など耳に入るわけもなく、ヒル魔は俯いたまま曖昧な相槌を繰り返していた。

「そろそろ若い者同士で庭でも回ってきたらどうかな?」

話どころか顔さえまともに見ていない相手と、何をどうしろというのかとヒル魔は困惑した。
そんなヒル魔の動揺も見合いの席での恥じらいと取られてしまい、二人は無理矢理外へと追い出される。
ヒル魔同様、黙ったまま前を歩くムサシの背中を眺めながらヒル魔は耐え切れずに声をかけた。

「あの、......嫌じゃ、ないのか?」
「.........。」

ヒル魔の問いかけにムサシの足が止まる。
今回の見合い話ははっきり言ってしまえば政略結婚でしかない。
自分の気持ちも相手の気持ちも踏みにじられて、ただ家のためだけに交わされる契約。
ここでムサシが断ってくれれば、そんな契約も消滅してしまう。
そんな儚い希望も含めての問いかけだった。

「お互い様だ。嫌がったところで何も変わらん。」
「え?......あ、でもそっちが嫌ならなんとかなるんじゃねぇのか?」
「たいした問題でもなし、構わん。」
「.........っ」

ムサシが少しだけ身体を傾けて、肩越しにヒル魔を見る。
背中しか見えないからと、油断していたヒル魔は瞳を外すタイミングを逃して、初めてムサシと視線を交えた。
ヒル魔は自分に向けられたその瞳の冷たさに凍り付く。
ムサシのどこまでも冷たい眼差しに見つめられて、耐え切れずにまた視線を落とす。
足元から少し目を反らした先で、水面に映る鮮やかな紅い振袖と、それに負けないくらい朱に染まる自分の頬に目を見張る。
ヒル魔は水の上で視線を走らせ水鏡越しにムサシの顔を見た。
どことなく厳格で亭主関白を予感させる顔付きに、将来への不安を覚える。
ムサシの目は依然ヒル魔を見つめていて、その様子を水鏡で盗み見るヒル魔の体温は上昇し、耳先にまで熱を持ち始める。
ムサシはいつの間にか身体ごと振り返ってヒル魔の前に立ち、からかうように声をかけた。

「耳まで赤くして、見られて興奮でもしたか?」
「...っふざけんな!!」

あまりの言葉に思わずヒル魔が手を振り上げる。
ヒル魔の白く綺麗な手がムサシの頬を打つ。
パシンと小気味の良い音が庭に鳴り響いた。

「見栄えはまぁまぁだが、少し躾がなっていないな。」

そう言って、ムサシは相変わらず表情も変えずにヒル魔を観察してくる。

「うるせぇっ、この話はナシだっ!誰がテメェみたいな奴のところになんかっ...」
「それは困るだろう。お互いにな。」
「な...に?......離せっ、離しやがれぇっ!!」

ムサシはヒル魔を捕まえて、庭園の隅にある離れへと連れ込んだ。

「何しやがるっ!誰かっだれっ...んぐぅ...」

ムサシの手が助けを呼ぼうとしたヒル魔の口を塞ぐ。
そうしてヒル魔の耳元に、冷たく言葉を流し込んだ。
ヒル魔がムサシの手を外そうとあがいてみても、その体格差と腕力には叶わない。

「誰か来て困るのはお前のほうだと思うがな。」
「ンングッ......ンムゥ、ムグッ」

暴れるヒル魔の着物が乱れて、白い太腿が露わになる。
それを見つけたムサシは口元だけで笑って、空いていた片方の手で太ももを辿い着物の中へと滑り込ませた。

「この見合い話を断れないように、少し味見でもしておこうか?」
「ンンーッ、ンンッ......ンフッ!」

ムサシの手がヒル魔の未成熟な茎を捕らえた。
誰にも触れられたことの無いそこは、ムサシの手の感触を敏感にヒル魔へと伝える。

「......んっ...んぅぅ......」

着物に覆われた足の付け根辺りでムサシの手が動かされていく。
何をされているのかは着物が邪魔をして、ヒル魔の方からは見ることが出来ない。
それでもムサシの手が動かされていることは感覚的なもの以外にも、視覚的に盛り上がり蠢く布の上から確認できた。

「自分で弄ったりしたことくらいはあるだろう?」
「んんっ......んーっ......っ」

ヒル魔はムサシの言葉の意味がわからず頭を左右に振る。
その間にもムサシの手が止まることはなく、何の配慮も無くヒル魔の形を変えていく。

「.........っふ!?」

ヒル魔の中から何かが迫り上がってきて、我慢する間もなく吐き出される。

「早いな、そんなに気持ちよかったか?」
「...っ......ん」

白い液体で汚れたムサシの手を目の前に突き付けられて、ヒル魔はわけもわからず涙を零す。
自分が何をされたのか朧げに理解はできるものの、怖くて確かめることが出来ない。
たぶん自分は夫婦という契約のもとでのみ行われる行為を、まだ出会ったばかりの男にされてしまったのだと、何も知らないヒル魔は自分の身を恥じ入っていた。
ぐったりと力なく横たわるヒル魔を、ムサシが抱き上げて外へと出る。

「この事をばらされたくなかったら、黙って話を進めるんだな。」
「.........。」

ムサシの言葉に、ヒル魔は自分が汚されたことを改めて感じた。

「ヒル魔さんっ、どうしたのっ!?」

二人の姿に気が付いた母親が心配そうに駆け寄ってくる。
けれども今のヒル魔は自分を恥じて、母親に返事をするどころか眼を合わすことも出来ないでいた。
誰とも目をあわさず俯いたままのヒル魔の様子に満足したように、ムサシはヒル魔を横目で眺めつつさらりと嘘をつく。

「急に気分が悪くなられたご様子です。もう今日は帰られたほうがよろしいでしょう。」
「.....っ」

ヒル魔は何も言えなくて、黙って頷く。
見合いの席はいったん終了され、両親がよろけるヒル魔につき従って車に乗り込もうとしていた。
その背後からムサシが声をかける。

「この続きはまた後日ということで。」

両親は中断された見合いのことだと思い軽く頭を下げていたが、ヒル魔ひとりだけがムサシの言葉の真意に気が付いていた。