だんな様は鬼畜 1

<ナレーション>


ムサシとヒル魔の二人はどこにでもいる夫婦間近のカップルです。
二人は常識的じゃないかもしれないけれどもかろうじて普通の出会いをして。
正常ではないかもしれないけれどそれでも普通の恋愛をして。
他人をご招待することは出来ないかもしれないけれども個人的には幸せな同棲生活を送る結婚間近に準じるカップルなのです。
二人が男同士だとか、ヒル魔が魔法を使えるだとか、男なのに魔女だとか、それらのごくごく非平凡な環境や事柄全てを鮮やかにスルーして。
ただひとつだけ違ったのは。



だんな様は鬼畜だったのです。





<バカップル出会い編>


晴れ渡る青空の下、大工のムサシは今日も仕事だった。
いつもと同じ日常が、いつもと同じ退屈さ加減を引き連れて、いつものようにただ安穏と過ぎ去っていくのだろうと思っていた平日の昼下がり。
あまりの変わりない毎日に少しだけ、ほんの少しだけ嫌気の差したムサシがふと空を見上げた。
いきなり空全体に暗雲が立ち込め雨こそ降らないものの、遠く稲光の光と遅れて雷音が轟きだした。

「…今日こんな天気予報だったか?」

もともと天気予報のチェックなどするはずもないのにムサシはぼやいた。
周りの大工仲間は雨が降ってからでは大変と、わらわらと後片付けに追われていく。

「若坊−!!今日はもう終いにして帰りやすよーっ」
「ん、ああ。見回ってから帰るから先にあがってくれ。」

どんなに若くても、今は代理でも、棟梁代わりの責任だけは果たしておくのが大人の男というものとムサシは考えていた。
大工仲間に返事を返して全てを見回り終わった時、現場に残ったのは案の定ムサシだけだった。
ムサシが帰り支度を済ませて背を向けた瞬間。
背後からの鼓膜を突き破るような爆音と、眼を突き刺すほどに激しい光に包まれた。

「っ!?」

ムサシは耳も眼も全てが使いものにならなくなってその場にしゃがみ込んでしまった。
しばらくして生臭い雨の匂いと土埃に紛れてなにやらきな臭い匂いが鼻をついて、ムサシは慌てて後ろを振り返った。

「なっ…んだ?」

ついさっきまであったはずの建てかけの誰かの夢の家は無残に焼かれ、支えとなるはずだったはしらだけが無惨な消し炭の姿を曝している。
呆然と立ち尽くすしかないムサシの目前で何かが動いたような気がした。

「ククッ…ケケケケケケッ!!」
「誰だっ!」

雨の中、突然響き渡る耳障りな笑い声にムサシは声を張り上げる。
辺りを見回してみても人影など見えない。
静か過ぎる程静かなことにムサシは今更ながらに気付く。
これだけの被害を与えた落雷だったというのに、やじ馬は愚か、鳥の姿すらもみえない。
しかもここは閑静な住宅街とはいえ、決して人里離れた山奥などの秘境ではないのに誰ひとりいない。

ムサシはそんな特異な空気に漂う笑い声の主を見つけようと再度辺りを見回して、最後に焼け跡へと視線を戻した。
するとそこには誰もいなかったはずなのに金色の頭をした真っ黒い服装の男が何かに腰掛けて膝を組み替えながら笑っていた。

「よう、ここでの挨拶は確か…『はじめまして』か?糞人間。」
「なんだっ、お前…どこにいた!?」
「ケケケッ、さっきからずっとここでテメエをみていたさ。」

そう言ってまた笑う男をよく見てみると、信じられないことに男が座っているのは箒の柄部分で、しかも足元は微かに地面から離れて浮いていた。
あまりの異常現象に、言葉を失うムサシを鼻で笑いながら、男は事もなげに話し掛ける。

「さあ、その魂と引き換えにテメエの願いを一つ聞いてやる。有り難く思いな、糞人間。」
「…………………。」

男は自分の言葉に眉をひそめて睨みつけてくるムサシを眺めていたが、急に興味をなくしたように肩をすくめてその顔から笑みを消した。

「……なんてな。冗談だ、冗談。悪魔じゃあるまいし、誰がテメェの魂なんて欲しがるかよ。」
「………なんなんだ、お前は?その家を燃やしたのはお前の仕業か?」
「だったらどうした?」
「ふざけるなっ!!」

今まで真剣に取り組んできた仕事を目前の男に一瞬で灰にされたと知って、ムサシは思わず得体の知れない男に飛び掛っていた。

「……ってぇ…、何しやがんだっ!この糞人間っ!!」
「うるさいっ!人が必死で建ててきた家を簡単に燃やしやがって!!どうしてくれるんだっ、このヤロウ!!」

油断していた男は箒から叩き落されムサシに組み敷かれる。

「重いから退けっ!……糞、吹っ飛びやがれ!!」
「うわっ!?」

男が叫ぶと同時にムサシは何か見えない力で弾き飛ばされた。
さっきと反対に今度はムサシが地面に叩きつけられてうめき声を上げる。

「おい糞人間、大丈夫か?ちょっと加減が分からなくって飛ばしすぎたか?」

ムサシのうめく姿に男は心配そうに声をかけてくる。

「だから、なんなんだよっ!お前はっ……いってぇ……。」
「俺か?んー、どうせすぐ忘れちまうからまぁいい。聞いて驚けっ。俺は魔女だ!!」
「……魔女って…お前どこをどう見ても男だろ。」
「うるせぇっ、魔男って言い方のほうがおかしいだろうがっ。」

そう言って自称魔女はそっぽを向いてしまう。
ムサシの頭はすでに常識を放棄して状況を把握することにのみ集中していた。

「それって悪魔とどう違うんだ?」
「お前バカか?全然違うだろうが。」

違いといわれても全うな人間の世界で生きてきたムサシにはさっぱり分からず、今の異常事態について考えることすら馬鹿馬鹿しくなっていた。

「あん?なんだ、糞人間。そんなに見つめて、さてはこの俺に惚れでもしたか?」

そう言って魔女が不適に笑う。
ムサシはもういっそこれが夢であってくれたらと心のそこから願ってみるが、どんなに頑張っても今以上に目が覚めることはなさそうだった。
そこで、どうせ覚めない夢ならばとムサシは一か八か勝負に出てみた。

「お前が魔女なのは分かった。それはいいとして、お前が壊したこの家をどう責任とってくれるんだ?」
「ん?…家?……ああ、これか。………そうだな、ここがこのままってのはさすがに目立つ。」

魔女がその尖った耳先をピコピコと震わせた次の瞬間、ムサシの目の前には何事もなかったかのように焼け焦げる前と同じ建築途中の家が建っていた。

「………?何が起こったんだ?いったい………。」

先ほどの雷雨が嘘だったかのように柔らかい午後の日差しが呆然と座り込んだままのムサシを包む。
魔女のことを忘れて食い入るように家を見つめていたムサシは少し落ち着いてきたからか、その存在を思い出した。

「はっ!!あいつは?………いない、夢?疲れ、溜まってるしな。」

辺りを見回してもそこには誰の姿も見えず、ムサシは今さっきまでの事柄全てを白昼夢でも見たのだと無理矢理片付けることにした。
………はずだった。

「若ぼーんっ!!施工主さんが家の進行具合見たいって言うから連れてきましたぜー。」
「………ああ。って、まじょぉぉぉ!!」
「はぁ?若坊、何言ってんですか?」

帰ったはずの大工仲間の声に振り向いたムサシの目に飛び込んできたのは紛れもなくさっきの魔女だった。

「何でお前がここに……うぐっ」

叫びだしそうになったムサシの口を何かが塞いで言葉を封じる。

「いやだなぁ、そんな変な名前じゃないですよ。忘れたんですか?ここの施工主のヒル魔妖一ですよ。タケクラさん。」

ニコニコと薄ら寒い笑みを浮かべて魔女は名前をヒル魔と名乗った。