<影絵十一枚目>
太陽がヒル魔の頭上でその存在を誇張している。
夏はもう過ぎたというのにまだ居座るつもりかと恨めしく思いながら、ムサシのいる場所へと足を向ける。
「休むなら休むって言えばいいんだっ……そのくらい知っておけっ!脳みそは1個の癖に、糞タケクラ!!」
この暑さの中、わざわざ現場へと行ってみれば今日は休みだと言われて膝から力が抜ける。
仕方なく通い慣れてしまった道へと方向を変えると背後から声が掛けられた。
「ムサ坊は無愛想だけど悪いやつじゃないから仲良くしてやってくれ!!」
向こうがその気になったらなとヒル魔は小さく答えて振り帰らずに手を振った。
そして漸く到着した見慣れたドアの前に立って、昨日と同じ緊張を味わう。
今日は中に入れてくれないかもしれないから声だけで済むかもと恐る恐る呼び鈴を押す。
「うわっ!!痛って………」
ヒル魔は予想外に勢いよく開いた扉に弾き飛ばされしりもちをつく。
「もうっ!何で確認もせずに開けるんだよ!!インターホンの意味わかってないだろっ!!」
「すまん、この間の仕返しのつもりだったんだが。それにしてもお前体重軽すぎるぞ。」
「うるさいっ!!この糞筋肉デブ!!!」
ヒル魔が喚く間にムサシは床に座りこんだ軽い身体を引き上げて部屋に引き込む。
「なんで中に入れてんだよッ!!そんなに簡単に入れてもいいのかよ………」
「まぁ今更だし、近所迷惑になっても困る。」
ヒル魔は思いの他柔和なムサシの態度に一瞬期待した自分にザマミロと悪態をつきながら当初の目的に立ち戻る努力を始めた。
「あのさ、あの……タケクラと別れた。」
「………知ってる。」
「そっか……って、ええ!?……何で?交換日記でも始めたのかよ?」
「んなわけあるかっ!!」
何がなんだかわからず混乱するヒル魔を眺めながらムサシはため息をつく。
「これだから、俺はアイツが嫌いなんだ!!面倒臭い事や言いにくい事は全部押しつけてきやがる。」
「どういうことだ、なんで知ってるんだ?それとも今までの事全部ウソで俺のこと騙してたのか?」
「そうじゃなくって………あーっ!!もう面倒臭ぇっ!!何でかは知らんがヒル魔に関してだけ、その、少しならお互いにわかってきたというか………あーーっ!!もうっお前も察するくらいしろ!!……おいっヒル魔?」
そんな無茶苦茶なと思いながら、ヒル魔は立っていられなくってその場に座りこむ。
タケクラとムサシの意志疎通が出来た時が運命の分かれ道だと思っていたから、まさかこんな早く答えの出る状況になるなんて、まだなんの覚悟も出来ていない。
きっと今ムサシの口から迎えには行かないといわれたら、自分の足はきちんと言う事を聞いてここから我が身を連れ出してくれるのかとヒル魔は不安になった。
そんなヒル魔の動揺に気が付いたムサシが顔を覗きこんでくる。
「どうした、気分でも悪くなったか?お前暑いの苦手だもんな。」
「………うるせぇ……で、これからどうすんだ?俺は出ていけば良いのか?」
「…………俺ら今まで酷い事しかしてねぇぞ?なんでそんなんが良いんだよ?」
「…………。」
やっぱりダメかと視線を床に落として、足だけの力ではどうにも動けそうにないヒル魔は手をついて立ち上がろうとする。
その様子にムサシが気付いていきなりヒル魔の身体に重みを掛けて邪魔をしてくるから思わず顔を上げた。
「………何…すんだよ?重いぞ、糞ジジイ……」
「あー……たぶん今タケクラ怒ってるな。」
「はぁ?何言って……」
決して目をあわせようとしないムサシを見詰めてヒル魔の混乱はなお続く。
「まぁいいか。……タケクラのやつも人のことをダシにしてお前からキスさせたし。」
「………っ!!」
なんでそんな事までと真っ赤になるヒル魔に意地の悪い笑みを浮かべてムサシは続ける。
「たぶんこれからも俺らは二人のままだし、どっちかが消えるって事はないと思う。だから、お前の事も取り合ったりして酷い扱いするかもしれない……というか、するんだろうけどそれでもいいのか?」
「…………そんなの、今更だろうがッ!!」
「ヒル魔、目ぇ赤いぞ。泣くか?」
「糞っ!!ぜってぇ泣かねぇっ!!」
本当は嬉しくてホッとして泣き出したかったが、そんな所を見られるのが悔しくて恥ずかしくて、何より後でタケクラになんと言われるかと思うと寸でのところで踏みとどまる。
そんなヒル魔にムサシは更に追い討ちを掛ける。
「じゃあ、タケクラがもっと怒り狂うくらいのキスをしてくれ。アイツへの仕返しだ。」
「………ムサシって仕返しが好きなのか?」
「貸し借りが嫌いなだけだ。それにお前とするのは嫌いじゃない。」
そう言って近づくムサシの首に腕を絡ませて、ヒル魔はタケクラにしてやったのと同じくらいに深くキスをする。
これから先の事はどうなるか判らないし、多分今まで以上に苦労することは目に見えているけれど、2人が同じ気持ちでヒル魔を迎えに来てくれたのだから今はその幸せに浸っていようとヒル魔は思った。
3人の奇妙な三角関係はまだまだこれからで、そして漸く全ての日々が始まるのであった。
終