−過去−
「こんな所で何してやがる?」
幼いムサシは親との意地の張り合いでいつの間にやら見知らぬ土地へ迷い込んでいた。
さすがのムサシもこれにはかなりこたえた様子であったが、意地を取り下げて帰ろうにも、ここが何処かもわからず頼る大人もいない。
子どもながら途方にくれていた時だった。
突然の声に驚いて振り向いた先にいたのは白い着物に身を包んだ綺麗な人間。
表情は冷たくムサシの幼さなどまるで関係ないように威圧的な雰囲気をまとっている。
「………ここ…どこ?アンタだれ?」
「目上の者にきく口じゃねぇな……迷子の糞ボウズ」
「………ぅえっ…ヒック、…ぐぐゥ……」
迷子という言葉を耳に入れた途端にムサシの顔は大きく歪んだ。
大泣きするかと思ったが、意外にもこの子どもは寸での所で踏ん張っている。
その反応に気を良くしたのか着物の人間は少し表情を柔らかくしてムサシに近づいてきた。
「ここはお前のような糞ガキの入ってくるところじゃねぇ。さっさと後ろにある小路から帰んな。」
「………今はまだ帰れない!!」
「はぁ?何言ってやがんだ。ここはなぁ化け物の住処かもしれないぜ?もうすぐしたら真っ暗になって糞ガキなんか頭から食われちまう。それでも帰らないのか?」
「………ぅっつ、びぇぇぇぇぇっっ!!でもっ…ひっぐ…今帰っ…ら、父ちゃ…っに……負けるからっやだぁぁぁぁうわーん…………」
ムサシはとうとう泣き出した。
それでもなんの意地かは知らないが父親に対してそれを下げ様としない。
それに今は一人ではなくこの綺麗な大人もいるから安心だと、庇護される事をあたり前と受け入れる子どもの傲慢さもあった。
「ダーっ!!うるせぇっ!!!わかったから泣き叫ぶな!!!!……一晩だ、それだけ子どもがいなくなりゃどんな頑固親父も折れるだろう。今夜1番だけだからな!!」
「ふぇ?……うん!!……へへ!!!」
「っ!?……糞ッ!」
それから一晩、ムサシは色々なことをこの大人にしゃべった。
大人もムサシの知らない話をたくさん話してくれたような気がするが何故か内容は全て忘れてしまった。
ムサシが覚えているのはこの大人が男であった事と、とてつもなく美しかった事、強暴なほどに乱暴な態度の裏に優しさが感じられた事、自分の初恋がここで芽生えた事くらいであった。
「さぁ、もういいだろ。さっさと帰りやがれ。」
夜が明け、男はムサシを見なれた場所まで連れて帰ってくれた。
「あのさぁ、兄ちゃん次はいつ逢える?また行っていい?」
「…だめだ。もう逢えねぇし、来るんじゃねぇ。」
「だってオレ決めたもん!絶対兄ちゃんをお嫁さんにするって!!!大切にするから!!!!」
「……!?だははははははっ」
「なっ!なんだよっ絶対だぞ!!男同士の約束なんだからな!!」
約束とはお互いが了承しあって成り立つものであったが、幼いムサシにそれがわかる訳もなく、小さいながらも男のプライドを傷つけられたムサシは急に不機嫌になった。
男はひとしきり笑うと、今までで一番綺麗な笑顔と、とても優しい声で言った。
「じゃぁ、約束しよう。お前が大きくなったらこっちから逢いに行ってやる。お前の気持ちが変わらなければ嫁になってやってもいい。」
「本当!?」
急にムサシの機嫌はなおり、その速さにまたもや笑いを誘われた。
「その代わり、オレのことは誰にも言うな。」
「なんで?」
「本当に大切なものは誰かに知られると取られちまうからさ。」
「???」
そこから先はよく覚えていないが、気が付けばムサシは無事家に帰り着き、両親にこっぴどく叱られた。
ムサシの幼い記憶はそこで終わり。
わずかに残った記憶も時とともに全てが濃い霧の中へ吸い込まれる様に散っていった。
ただ1つの約束を除いて。
「誰にも言うな。本当に大切なものは誰かに知られると取られちまうからさ。」