−未来−
『こまやかな蜜月は短く永遠はもうすぐそこに。全てが終わり全てが始まる、全ての足音はもうすぐそこに………。』
ヒル魔と再会してから今日でどのくらい経つのか、高校入学の日を間近に控えてムサシは唐突に思い出す。
ヒル魔が人間で無いのは最初からわかっていた。
再会してからではなくその前から。
どうしてだかわからないが、ヒル魔は特別なモノであって人間じゃないから約束を破ったりはしない。
と、幼い頃から今まで信じて疑わなかったことを今更ながらに思い出す。
何故それを忘れていたのかがわからない。
何よりもどうしてヒル魔が消えてしまったのかがわからない。
「誰にも言うな。本当に大切なものは誰かに知られると取られてしまう。」
誰にも言っていない。
言っていないはずなのにヒル魔は急に消えた。
いや、連れ去られたというべきなのだろうか。
いつものようにヒル魔と抱き合い悪ふざけして眠りについた。
朝日がさす前、急に寒気を感じて眠い目を無理やりこじ開けたその時、たった一言だけ残してヒル魔は一瞬にして目の前から消えていなくなった。
「やっぱ、約束守れなかったな。」
悲しそうなヒル魔の声が耳に残る。
約束を守れなかったのはヒル魔とムサシどちらのほうだろう?
「何で話しちゃったんだよ―!!君のせいで花神様が連れていかれたじゃないかぁ!?」
「なんだ?お前、……花神様?」
「もーっ!!君がヒル魔って呼んでた人だよ!!!僕はその人のお付きをしてたの!」
何がなんだか訳も解らずただ一人部屋に残されたムサシの耳に聞きなれない声が聞こえてきた。
振り向くとそこにいたのはずんぐりむっくりとした栗のような少年だった。
「オレは誰にもしゃべってないぞ!!」
「嘘だね、だったらなんで花神様の名前を忘れてるんだよ!!」
「名前?ヒル魔じゃないのか?」
「それは花神様が新しく教えた名前だろ!!君は昔に本当の名前を聞いてたはずだよ?でもそれを誰かにしゃべっちゃったから、その時花神様は名前を盗られたんだよ。それからとうとうついさっき花神様自身も盗られたんだよ……。グスッ」
「ベソなんかかかずにもっとわかるように説明してくれ!!」
栗坊主の話しを要約するとこうだった。
春夏秋冬それぞれの四季には鬼がいて、それぞれ牽制しあいながら季節は移ろいでゆく。
(鬼と一言にいっても人間が考える鬼とは少し違うらしくこのあたりの説明は全く理解できなかった。)
この鬼の中でも冬の鬼は困ったもので、なかなか春の鬼に場を譲りたがらない。
そこでこの冬の鬼を眠らせて春の鬼へと橋渡しするのが花神の昔ながらの役目であったらしい。
そしてこの花神=ヒル魔であった。
長い年月の中で鬼は少しづつ薄れ始め、冬の鬼も花神の力で押さえつけられて眠ってしまったはずだった。
それなのにここに来て急に冬の鬼だけがにわかに騒ぎ始め、再び眠りにつかされないよう、つい今しがたヒル魔を攫っていったのだという。
「オレはしゃべってないぞ?今まで約束どおり誰にも………っ!!」
「思い出した?君は初めて花神様に逢った後、こわーいお父さんに嘘言うなって詰め寄られて全部話しただろ。その時にどこかで聞いてた奴に盗られたんだよ、何もかもね。はぁ、負けん気の強いのも良いけど時には嘘をつくことも男の甲斐性なのにッイテっ!」
忘れていた自分の犯したミスに苛立ち、つい八つ当たりで小生意気な栗坊主を小突いてしまったムサシであった。
それでもすぐに気を取り直し、大切なお嫁様の奪回に考えをめぐらせだした。
「オレはどうすればいい?どうやったらヒル魔を取り返せる?」
「初めて花神様と逢った場所に行けば間に合うかもしれないけど、怖いことになるかもよ?」
「ヒル魔を取り戻しに行くんだ、怖くない!!……でもその場所がわからん……」
「………本当に助けてくれるなら連れてってあげる。」
ヒル魔を助けに行くと栗坊主と約束したのはついさっきのことで、それなのに気が付くとムサシは初めてきたような懐かしいような感覚にとらわれる場所に立っていた。
ふと気が付くと足元にヒル魔が横たわっている。
普段の生意気で意地悪なヒル魔からは想像もつかないくらいに弱々しく、白い肌はいっそう透けるように白くなっていた。
「…っつ……」
「ヒル魔!!」
思わず駆け寄ったムサシはヒルマを抱き起こした。
「……糞ガキ、けっこう早かったじゃねぇか……っつう…」
「ごめん!!オレが約束破ったから、本当にごめん!!」
「謝るのは後にして、とりあえずそこの光ってる石みたいなのぶち壊してくれ。」
「?」
ヒル魔の指差すほうに目をやると、確かにそこに薄桃色に光る30cmほどの石があった。
「眠らせられたのですか?花神様!!」
「糞栗か……。何とか閉じこめはしたがそれ以上はどうにも出来なくてな。だからムサシ、替わりに壊してくれ。」
「花神様ッ……っ!!」
栗坊主が何か言おうとするのをヒルマは鋭い視線で止めた。
「ムサシ、さっさとやれ……地面に叩き付ければそれで終わりだ。」
ムサシは言われるままに石を持ち上げ地面に叩きつけた。
ゴォォォォ!!!
地面との衝突に耐えきれなかった石は砕け散る音の変わりに突風のような轟音を響かせ粉々になるとそのままきらめきながら消えていく。
「ヒル魔!!」
やった!!と振りかえった瞬間、ムサシは血相を変えて再びヒル魔の元に駆け寄った。
ムサシの目にはヒル魔の様子が先程よりも一段と悪くなっているように映った。
事実、透けそうだった肌は本当に透けはじめ、荒かった息は今にも消えてしまいそうだった。
「ヒル魔っ!……何で!?」
「君が今壊したのは花神様の力の塊に閉じ込められた冬の鬼だったんだ。
名前を盗られた花神様にはああするしか方法が……無かったんだよ。」
「そんな………ごめん、ヒル魔オレがしゃべったりしたから……何でもするから、どうしたらいいのか教えろよ……」
ムサシの泣きそうな声にヒルマは優しく答えた。
「遅かれ早かれこうなってたのさ。昔と今じゃ何もかもが変わって今までのようにはいかなかった。気にするな。」
「ヒル魔ぁ……」
「泣きそうな面見せてんじゃねぇ!……約束破ったのはお互い様だ。オレも嫁になれなかったしな。」
「………。」
ボロボロと泣くムサシを見てヒル魔は困った風に息をついた。
「泣くな!!糞ガキが……。じゃあ、新しい約束だ。オレは絶対お前の所に帰ってくるから、だからお前は今度こそオレのこと忘れずに待ってろ!!いいな?それまで泣くんじゃないぞ!!うっとおしい…」
「………ヒル魔…んっ、わかった。俺待ってるから、出きるだけ早く帰ってこいよ!!その時にはオレがヒル魔を泣かせてやるんだからな!!」
「……このエロガキが…オレのこと忘れるなよ………」
最後に優しくキスをしようとヒル魔の唇がムサシに触れるか触れないかの所で、砕けた石の最後の光が消えた。
と同時にヒル魔も桜の花びらが風にさらわれる様に消えていった。
「ヒル魔……」
いつのまにか景色は見なれた自分の部屋になり、栗坊主の姿ももう見えない。
ムサシに残ったのは新しい約束ただ一つだけだった。
そして時が過ぎ、ムサシはまた少し大きくなった。
約束はまだ果たされない。
本当はもうすぐ意地悪で意地っ張りの華奢な美人が大きな栗のような友を従えてムサシの目の前に現れるのを、ムサシはまだ知らない。
永遠の再会は本当にすぐそこで、でもそれはまた別のお話。
終わり