1)
見世に出入りの飾り職人が、繊細に光る銀細工を磨き上
げている。
それはつい先ほどまで、鈍い光を湛えながらヒル魔の足
元で涼やかな音を立てていた。
銀という鉱物はこうして時々手入れをしてやらないと、
すぐにくすみ色褪せていく。
ヒル魔は銀鎖から久しぶりに解放された右足首へ触れな
がら、男の手元をじっと見つめていた。
器用に動く指はごつごつとして男らしく、本当に銀鈴の
ように繊細な物を作り出すことが出来るのかと疑ってし
まう。
「よう、武蔵。テメェ相変わらずそういうの似合わねぇ
な。」
「・・・・・・・・・何がだ?」
ぽそりと呟いたヒル魔には目も向けず、男は手を止めず
慇懃に答える。
見世に出入りする職人や商人は他にも数多くいたが、一
癖も二癖もある馴染み客を抱えるヒル魔に対して、僅か
の気後れもせずに接してくる者はこの飾り職人だけだっ
た。
そしてそんな男の態度をヒル魔は気に入っていた。
「テメェの手は誰が見たって飾り職人とは思えねぇよ。
良くて大工か左官ってとこだろ。」
「ほっとけ。お前の嫌味は聞き飽きた。仕事の邪魔だ、
黙ってろ。」
「けっ。ちったぁ話に乗ってきやがれ、糞ジジイ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ヒル魔は会話の続かない相手に不貞腐れながらも、その
側で作業を見守り続ける。
綺麗に磨き上げられ、冷たい光を宿し始める銀鈴を見な
がら、ヒル魔は手でそっと右足首を握りこむ。
ヒル魔に自由がないことを象徴するかのような銀鈴の音
は、いつも舌打ちしたくなるほど忌々しい。
それなのにこうして外されていると、何故だか足元がす
うすうして急に心許無さを覚える。
まるで自ら縛り付けられたいと望んでいるような心の揺
らぎを打ち払うように、ヒル魔は口を開いて悪態をつい
た。
「それ、あんま鳴らねぇように細工しとけよ。」
「無茶言うな、こっちの信用が無くなる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・堅ぇこと言いやが
ってんじゃねぇぞ。」
「おら、足出せ。仕上がった。」
「やなこった。」
手元ばかりを見ていた武蔵は作業を終えると顔を上げ、
ヒル魔に手を差し出した。
ヒル魔は膝を抱えたままそっぽを向く。
そんな拒絶はいつものことで、武蔵は慣れた調子でヒル
魔の右足首に手を伸ばす。
口では嫌がる割に、足首を掴まれてもヒル魔は逃げよう
としない。
武蔵が銀鈴をつけ終わるまで、ただ抱え込んだ膝に顔を
埋める。
「終わったぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
一言もしゃべろうとはしないヒル魔に武蔵は一瞥すると
仕事道具を片付け、帰り支度を整える。
武蔵が腰を上げる気配を感じながら、ヒル魔は膝頭に強
く顔を押し付けた。
ほんの少し身じろぐ程度の僅かな動きにも、磨かれた鈴
は揺らされ澄んだ音色を響かせる。
一瞬、鈴の音に気を取られたヒル魔の頭に、何かがポン
と当てられた。
何事かと顔を上げた視線の先で、ムサシは何かをヒル魔
の手に押し付ける。
「これ、お前が欲しいって言ったんだろ。」
「・・・・・・・・・・?」
「試作のつもりで適当に作ったもんだからよ、金はいら
ん。じゃぁな。」
「ちょっ・・・・・・・おいっ!」
ヒル魔が何かを言う前に、武蔵は部屋を出て行った。
手元に握らされたものに視線をやり、ヒル魔は首を捻る
。
掌の上で光る銀の簪は、遊女が挿すには少々地味なもの
だった。
武蔵はそれをヒル魔がねだったといっていたが、当の本
人には記憶が無い。
何か思い出せないかと眉を寄せた時、小さな声が聞こえ
た。
「・・・・・・・・・よーにぃ、むさしゃんもう帰っち
ゃった?」
振り返った先で、戸に隠れるようにして部屋を覗き込む
可愛らしい顔がヒル魔を見つめている。
普段見世では鉄面皮のヒル魔も思わず顔を綻ばせる程の
、とてもあどけない表情の持ち主は、名を鈴音と言う。
末は見世の看板になるかもしれないと言われる器量良し
だが、今はまだ水揚げもされていない純粋な子供だった
。
人懐こい子猫のような鈴音の瞳はくるくると動き、つい
さっきまでこの場にいた武蔵の姿を探している。
その様子を見ながらヒル魔は唐突に思い出した。
いつだったか、武蔵に対して淡い恋心を抱いているこの
少女の為に、確かにヒル魔は簪をねだった事があった。
それがこれかと、手の中の簪と鈴音の姿を交互に眺め、
改めて少女に声をかける。
「鈴音、糞ジジイの作ったもん欲しがってただろ?これ
やるよ。」
「えっ、でもお金は?あたしまだお見世出てないから持
ってないよ?」
「タダだとよ。いいからもらっとけ。」
戸惑う鈴音の手にヒル魔は武蔵から貰った簪を握らせた
。
鈴音は手の中で反射する涼しげな光に目を細めながら、
嬉しそうに頬を赤らめる。
「髪に挿してやろうか?」
「えっ、あっ・・・・・・・・・・うん。」
ヒル魔の申し出に、鈴音はモジモジと答えた。
簪を挿す場所を探して髪を梳く指の動きに、鈴音は気持
ち良さそうに目を閉じる。
まるで撫でられて喉を鳴らす子猫のようなその仕種に、
ヒル魔の胸が小さく痛む。
どんなに幼くあどけない少女も、いずれは穢され堕ちて
行く。
自分も含め郭にいる人間は皆、そういう世界で生きてい
くしかない。
「ねぇ、よーにぃ?」
「・・・んだよ。」
「その、あのね。似・・・合う、かな?」
ヒル魔を見つめる黒い大きな瞳が不安そうに揺れていた
。
相手の沈黙を、挿した簪が似合わなかったからだと誤解
している。
そんな鈴音にヒル魔はふんわりと柔らかく微笑んだ。
「男のオレがつけるよりはマシじゃねぇか?」
あまりに優しい笑顔にみとれて、鈴音は言葉の意味を逃
しかけた。
数瞬後、からかわれていることに気が付いた少女の頬が
一気に膨れ上がる。
丸く膨らんだ両頬を、ヒル魔は細長く形のよい指先でつ
つきながら、今度は声を出して笑った。
「もうっ!よーにぃのいけずっ!!」
鈴音はかわいらしい口を尖らせて、その幼い顔に不釣り
合いな言葉をヒル魔にぶつける。
それすらも子猫のじゃれつきに思えてヒル魔はまた笑っ
た。
腹を抱えて笑うヒル魔に、赤く小さな舌をつきだして鈴
音は部屋を出て行った。
バタバタと遠くなる足音を聞きながら、出来ることなら
あの娘が傷つくようなことのないようにと願わずにはい
られない。
それから数日後、鈴音の水揚げが決まったと囁く客の睦
言に、ヒル魔は身体を貪らせながら暗闇を見詰めた。
2)
腕の中で泣き疲れて眠る少女の黒髪を撫でながら、ヒル
魔は天井を眺めていた。
苦界に生きる身であれば、体を売ることを避けては通れ
ない。
遅かれ早かれ、いずれは誰かに水揚げされて一人前の遊
女となる。
地獄の沙汰も金次第と言うように、金さえあればこの小
さな少女を助けることも出来たに違いない。
しかしヒル魔自身、苦界に囚われた身としてはどうする
ことも出来ないでいた。
濡れた黒い睫からその顎先へと繋がる涙の跡を、指でそ
っと拭ってやる。
その時、静かに障子戸が開かれ、見世の看板太夫まもり
が顔を覗かせた。
「鈴音ちゃん、落ち着いた?」
寝た子を起こさないようにと、ヒル魔は唇に人差し指を
押し当てる。
まもりはその仕種に無言で頷き、静かにヒル魔の隣へ腰
を下ろした。
鈴音が人の増えた気配に身じろぎ、ヒル魔の胸にしがみ
つくように顔を埋めて更に深い眠りに落ちていく。
「・・・・・・なんとか、ならねぇ・・・よな。」
「・・・・・・うん、そうだね。」
つぶやくように交わされた言葉は、そのあと訪れた沈黙
に飲み込まれる。
この儚い願いが叶えられることはないと、今ここにいる
二人は誰よりも身に染みてよく分かっていた。
それでも鈴音がこれから生きて行く世界で、彼女を傷つ
けるものからから少しでも遠ざける事は出来ないかと、
二人が視線を絡ませる。
「オレは、女じゃねぇからこういう時どうしてほしいか
わからねぇ。テメェだったらどうして欲しかったんだ?
」
「わかんない。もう忘れちゃった。」
「頭悪ぃな。」
「こんなところで生きて行くのに、頭良くても仕方ない
でしょ。」
「・・・・・・違いねぇ。」
互いの顔を見つめて、自嘲気味に小さく笑った。
ヒル魔は再び鈴音の寝顔を眺め始める。
するとなんとなく自分の頬に視線を感じて、顔を上げる
と自分を見つめる太夫へと目を向けた。
視界に映ったまもりの顔が予想以上に近くにあることに
、驚く間もなく唇が触れ合う。
わけもわからず目を瞬かせるヒル魔に、まもりは微笑み
ながら言った。
「女の子はね。好きな人が相手なら、こんな思い出一つ
で頑張れるのよ?」
「・・・・・・オレのこと、好きなのか?」
「ふふっ、まさか。例えよ、例え。じゃあ鈴音ちゃんの
ことお願いね。」
まもりはそう言うと、鈴音を起こさないよう静かに出て
行った。
後に残されたヒル魔は身動きも取れずにまもりの言葉と
行動を反芻する。
唇には男と全く違う柔らかい暖かさが今もまだ残ってい
た。
そんなことには気づかないまま、鈴音がううんと身じろ
ぎ姿勢を変えようとする。
鈴音の動きに合わせて、ヒル魔の足首からチリリと涼や
かな音が生まれた。
ヒル魔は音の鳴る方へと目を向け、銀色に光る鈴を視界
に映した。
突然頭の中に、男の顔が浮かぶ。
鈴音が好意を寄せる相手『武蔵』を思い出しながら、ヒ
ル魔はまもりの感触が残る唇を舌で拭った。
3)
武蔵は年のわりに老けた強面の顔をしていたが、意外な
ことに客商売はうまかった。
見世のお抱え飾り職人でもある武蔵は、いつも定期的に
廓界隈を訪れる。
それ以外でも見世や常連客の呼び出しがあれば、そのた
びに足を運んだ。
だから今回のような急な呼び出しも、決して珍しい訳で
はなかった。
ただし、今回武蔵を呼び付けたのがヒル魔ということを
除けば、である。
今までただの一度も、ヒル魔自らが武蔵を呼び出すよう
なことはなかった。
ヒル魔にとって武蔵は、その身を呪縛する銀鎖と鈴に関
係する煩わしい人間のうちの一人として認識されている
。
厭われることはあっても、好かれることはない。
少なくとも武蔵はそう思い、今までヒル魔に対してもそ
ういった態度を取ってきていた。
そんな自分を呼び出すとは、いったいどういう風の吹き
回しかと、訝しみながら武蔵は廊下を進んでいく。
通い慣れた見世の一室で武蔵は立ち止まり、中にいるで
あろう人間に向かって障子戸越しに声をかけた。
「おい、来たぞ。用件を言え。」
「・・・・・・それが客に向かって言う台詞かよ。いい
から入りやがれ、糞ジジィ。」
「お前が他人に口の利き方をとやかく言えるしゃべり方
かよ。」
遠慮の無い会話は、馴れ馴れしい間柄だからという訳で
はない。
取り繕う必要の無いくらい、相手に好かれる気を武蔵は
持ち合わせていなかった。
それはヒル魔も同じで、武蔵のことを気に入ってはいた
が、あえて好かれようとするつもりは無い。
愛だの恋だのという感情は、苦界へこの身を堕とした時
に全て奪われた。
けれど、鈴音は違う。
まだ堕ちてはいない。
それは時間の問題ではあったけれど、今ならまだ少女ら
しい淡い感情も奪われずに済むかもしれない。
だからこうして武蔵を呼び付けた。
障子戸が開いて、いつもの硬い表情がヒル魔の前で腰を
下ろす。
「で、なんの仕事だ?足の奴はこの間やったばかりだろ
う。」
「職人のテメェに用は無ぇ。」
「はぁ?」
「折り入って頼みてぇ事がある。」
「めんどくせぇことは断るぞ。」
「悪い話じゃ無ぇと思う。」
不審がる武蔵を気にも止めず、ヒル魔は手短に説明を始
めた。
始めこそ黙って聞いていた武蔵だが、話が水揚げの段に
なりヒル魔の言いたいことがなんとなく分かって来た時
点で話を遮った。
「ちょっと待て、それで俺にどうしろっていうんだ?」
「だから鈴音のこと慰めてやって欲しいんだよ。んなこ
とも察しがつかねぇなんて、馬鹿じゃねぇか?」
馬鹿はどっちだと武蔵は思う。
そもそも好きでも無い男に身売りした女が、その後にど
んなを顔して惚れた男に会えるというのか。
普通であれば、絶対に会いたくないと思うのが女心では
ないかと武蔵は想像する。
「あのなぁ・・・初めは確かに辛いかもしれんがな、こ
こはそういう世界なんだろう。その娘だってそのくらい
のことは分かっているんじゃねぇのか?」
「・・・・・・だとしても。今はまだ綺麗な思い出でも
無けりゃ生きていかれねぇって泣くんだよ。」
「それだってそのうち本当の間夫でもできてよ、そいつ
の為に生きていくようになるのが廓の女ってもんだろ。
」
「いちいち言い返しやがって。何が気にくわねぇんだよ
、この糞ジジィ。」
気にくわないも何も、武蔵は初めから面倒なことには巻
き込まれたくないと主張しているはずだった。
それなのに、ヒル魔が武蔵に向かって押し付けようとし
ていることは、どう考えてもこの上なくややこしい。
水揚げされた小娘を慰めてやれと言われても、何をどう
慰めれば良いのかさっぱり分からない。
しかも事と次第によっては、見世の女に手を出したと殺
されかねない。
なんとか穏便に断れないものかと武蔵は考える。
そうして一つの逃げ口上を思いついた。
「見返りは?」
「ぁあ?」
「だってそうだろ。水揚げされたばっかの女の相手とな
りゃぁ、それなりに色々と面倒なことぐらい分かるだろ
。」
「・・・・・・・・・。」
武蔵の言わんとすることが、鈴音本人のことだけではな
く見世も含めた所にあると、ヒル魔は理解できた。
急に押し黙ったヒル魔を見つめながら、武蔵がもう一押
しする。
「お前の身体・・・ってのはどうだ?」
「っ!!」
武蔵の申し出に、ヒル魔の顔が思い切り顰められた。
見返りを要求されるにしてもそれがまさか自分の身体と
は、ヒル魔にとって予想外だった。
そんなヒル魔の不快感をさらに煽るように武蔵は言葉を
続ける。
「そんな状態の女はさすがに相手した事が無いからな。
どう扱ってい良いかわからん。だからお前が俺にやり方
を教えるってのはどうだ?」
まさかここまで言うような男に、大事な妹分は任せられ
ないだろうと武蔵は図り相手の様子を伺う。
わざといやらしく笑いながら、ヒル魔がそれに怒ってこ
の話を下げるのを待つ。
計算どおり、ヒル魔の表情に怒気が拡がっていく。
もう少し、後もう一歩という所かと、武蔵は殴られる覚
悟でヒル魔を見詰めた。
ヒル魔がぎりぎりと歯を食いしばりながら返事を絞り出
す。
「・・・・・・・・・わかった。」
「は?」
その返事に驚いたのは武蔵の方で、まさかそんな最低な
申し出を受け入れるとは思ってもいなかった。
そんな条件は飲めるわけないと、だからこの話は無かっ
たことにと、武蔵はそう話を終わらせる気でいた。
予想していなかったヒル魔の返答に武蔵は言葉を詰まら
せる。
次の手段を考えあぐね、黙ったままの武蔵に向かってヒ
ル魔が近づいて来た。
その表情は今にも殴り掛かってくるような剣呑とした空
気を漂わせている。
やはりさっきの承諾は見かけだけで、本当は殴る気でい
たのだろうと武蔵は覚悟して目を瞑った。
ところが、顔か身体のどこかへ襲いくるはずの痛みはい
つまでたっても訪れず、代わりに唇が冷たく柔らかいも
ので覆われる。
一体どういうことかとうっすら目を開いた武蔵の視界に
白い肌が見えた。
「・・・・・・・・・っ!?」
ヒル魔と唇を合わせているのだと、ようやく気づいた武
蔵が慌てて薄い肩を掴み引きはがす。
その乱暴な扱われ方に、眼前の綺麗な顔が不機嫌に歪ん
だ。
「ヒル魔、お前なにしてやがるっ!!」
「そりゃこっちの台詞だっ!?テメェのほうから言って
きた事だろうがっ!!」
「いや、それはそうだが。」
「じゃぁ何だってんだよっ!!」
確かに武蔵は鈴音を慰める交換条件としてヒル魔をねだ
った。
でもそれは本心からではなく、そう言えばヒル魔が引き
下がると思ったからに過ぎない。
それをどうごまかせば良いのかと、武蔵は足蹴にされな
がら考えてみた。
怒鳴りながら本気で蹴ってくるヒル魔の様子に、武蔵は
ごまかし逃げることを観念して本心を告げた。
「嘘だ嘘っ、ああ言やお前が断ると思ったんだよ。あ〜
もう、言うとおりにしてやるから蹴るなっ!!」
「どういう事だっ・・・この糞ジジィ!?」
「だから、その鈴音とかいう娘を慰めればいいんだろ?
でも言っとくが話するだけだからなっ!!」
「・・・・・・・・・やってくれんのか?取引無しで?
」
「ああ、でも上手くやれるかどうかは約束できんからな
っ!!」
ただでさえ年下の女は面倒なんだと、ぶつぶつぼやく武
蔵をヒル魔が見詰めた。
さっきまでの怒気は消えていたが、まだ疑いのまなざし
が容赦なく武蔵に突き刺さる。
探るようなヒル魔の視線を面倒臭そうに受けながら、武
蔵はガリガリと耳を掻いた。
「おい糞ジジィ、本気の本気か?」
「ああ。マジだマジ。」
「・・・・・・・・・鈴音のこと、泣かせたら承知しね
ぇぞ。」
「だからそれは分からんと言ってるだろうがっ。ってぇ
!!」
武蔵の言葉にヒル魔がまた蹴りを入れてくる。
いいかげんにしろと怒鳴ろうと思った武蔵の目に、とて
も意地悪く、それでいて目の離せないほどに妖しい笑顔
が映った。
口角の引き上げられた唇から、悪魔のような一言がこぼ
れ落ちる。
「口付け一回分くらいの働き見せやがれ。」
「っ!」
「もちろん、オレの唇はテメェのしみったれた稼ぎなん
かじゃ到底つり合わねぇって、知ってるよな?」
「!!!」
その顔に先程までの必死な面影はどこにも無く、そこに
はいつもの傲慢すぎるほどに高飛車なヒル魔の姿があっ
た。
こんなことならあの時ヒル魔を引きはがさずに、最後ま
で堪能すれば良かったと後悔してみても後の祭り。
武蔵はまたガリガリと耳を掻く振りをして、数多の人間
を魅了する鉄面皮から自分の目を無理やり引きはがした
。