
この世には、ありとあらゆるものに約束されている平等が二つ存在する。
それらは月の満ち欠けや潮の満ち引きにタイミングを合わせてやってくるといわれている。
だれにでも何にでも平等に存在するこの世の理、それが生と死という存在である。
人は生を得た瞬間から死へと歩き始めるのだ、と揶揄する人間もいる。
それもまたあながち間違いではなく、生きとし生けるもの全てが持つこの二つの運命の間で、人はその限られた時間を浪費する。
とても平等な二つの存在に挟まれた時間の長さは、驚くほどの不平等さで大小の砂時計を作り、どの砂時計の中に多量もしくは少量の砂粒を仕込んでいる。
その量が適量かどうかは個々人の感覚によっても違ってくるので言葉には表せないが、そんな不平等さの中にでも、決まりごとが無いわけではない。
それが砂の落ちていくスピードである。
砂時計は中の砂を一粒、また一粒と全てを同じ速度で落としている。
どんなに一生懸命に生きようが、どれだけ自堕落に過ごそうが、不平等な時間の長短は卵子が受精した瞬間に無作為に振り分けられ与えられる。
そんな不平等な時間の先に、死は存在している。
奇跡のように気まぐれに与えられるのが生ならば、予測できないという点においては死もまた同じである。
したがって、死の訪れる瞬間をコントロールできる人間はいない。
本来人間は、生や死から逃げる方法など知りはしない。
でも、もし何かの弾みで死を予知してしまったなら、そしてそこから逃れることが出来たとしたら、その人間はどうなってしまうのか。
結論としてはどうにもならない。
死を逃れた瞬間から、死は新たなシナリオを立て、どこまでもいつまでも追ってくる。
その生を終わらせ、新しい生を始めるまでは。
しかし死から逃げるにはその方法すらも完璧ではなく、結局のところこの世の理を変えることなど、できはしないのかもしれない。
それでも、一度死から逃れることのできた人間は、自分の持つ砂時計が空になっていることにも気付かず、新たに用意された死のシナリオから逃れようと足掻く。
中には足掻いて足掻いて、一つの扉にたどり着く人間もいる。
そして向こうにいるものの正体などわかりもしないのに、救いを求めて死の匂いの染み付いた領域へと足を踏み入れる。
その先にいるはずの男が気まぐれに与える、死から逃れる方法を求めて。
昔から、墓地の近くにその葬儀屋は存在していた。
重く重厚なレンガで造られた壁と鉄の扉からは、死を閉じ込めるというよりも、むしろ生を寄せ付けさせない雰囲気が漂っている。
中に入ってみたとところで、その印象が変わることはない。
死を敬い、死者を送る準備をする場所にしては、ライトがやけに明るく周囲を照らしている。
しかし不思議なことに、柔らかい人工的な光で明るく照らされているその部屋は、何もかもがとても古く、現在でもきちんと機能しているとは到底思えない。
それなのに、部屋におかれた道具や設備は、つい今しがたまで使っていたかのような放置のされ方で、そこからは確かに死の匂いが色濃く漂っていた。
そんな中で、この部屋の主であるムサシは一人、その雰囲気を楽しんでいるようだった。
扉に目をやれば、ついさっき逃げるように出て行った若い男女の姿が鮮明に思い出される。
今度の標的はアレかと、ムサシは面白そうに笑みを浮かべた。
「死から逃げる術はない。それでも助かりたければ、死の前兆を見逃さないことだ」
ムサシは固く閉ざされた扉に向かって、先ほどの男女に与えた言葉をもう一度口にする。
この葬儀屋の男が何者なのかは誰も知らない。
いつからここにいるのか、その素性を知ることはおろか、この葬儀屋が葬儀屋として働いている姿さえ町の住人は誰一人目にした記憶がない。
普段は記憶の端にも上らないムサシの元を訪れる人間は、決まって死から逃れようとしているものばかりだった。
無慈悲にも思える死から逃れようとする人間の間で、伝言ゲームのようにその存在は伝わっていく。
そうして訪れた相手に対して、ムサシは謎かけのように断片的なヒントを与えてまた外へ放り出す。
自分の力で死に対峙したものだけが、死から逃れることができる。
そう言われて、なおもムサシに救いを求めようとする人間はいない。
それは相手を助ける意思がムサシにないことを、本能で感じているからなのかもしれない。
死に対して妙に詳しい正体不明の男。
ある意味、役に立つ助言は与えてくれるものの、死そのものから助けてくれるわけではない男。
死から逃れようとする人間の間でのみ存在する男、それがムサシである。
ムサシ自身が本当に人間なのかどうかすら怪しいが、それでも死に狙われた人間にとって、最後に頼る場所はここしかないのもまた事実だった。