酔う錆 -前編-

〈1〉

ムサシは二日酔いの後遺症で、鈍い頭痛と軽い吐き気を抱えながら、不機嫌なまま仕事へと向かう。
体調が思わしくない以上に精神的に落ち着かない。
ヒル魔の身体に見つけた、ムサシの知らないいくつもの情交の跡が脳裏を掠める。
昨晩の相手は誰だったのか、結局ヒル魔は言わず終いで気に入らない。
別に相手をどうこうしようなどという考えは持っていなかったが、誰だかわからない状態ではなんともいえない不愉快感に襲われる。
何よりヒル魔が自分に隠し事をしているという事実が気に入らなかった。

「おーっす、厳チャンやっぱ起きれなかったか〜。」
「......玉八。」
「昨日はしこたま飲ませたもんなぁ。」

玉八が申し訳なさそうに手を合わせていた。

「昨日、大丈夫だったか?あのキツイ感じの美人さんにも謝っといてくれな。後きちんとお礼言うんだぞ。」
「礼?......何で?」
「何でって、昨日わざわざ迎えに来てくれたんだよ。呼んだのは俺だけど。」
「玉八が送ってくれたんじゃないのか?」
「厳チャン覚えてないの?うわー、そんなに飲ませちゃったか。本気でごめんっ!!」
「そんなこといいから、昨日のこと詳しく説明しろっ。」

玉八から聞きだした昨夜の状況を考えると、どうもヒル魔の相手は自分らしいとムサシは思った。
しかしそれではあんな不愉快きわまる性交渉を強要されたにもかかわらず、ヒル魔が何もしゃべらないのは不自然で、やはり他の誰かかとも思う。
ムサシを迎えに来るまでの間、ヒル魔は他の誰かといたのだろうか。
また考え込みそうになる頭を無理矢理振ってムサシは仕事へと戻っていった。



〈2〉

年末に酔っ払ったムサシをヒル魔が連れて帰った日の事を、ムサシは全く覚えていなかった。
あの日ムサシがヒル魔に語った言葉。

―モシカシテ、オ前ノ事好キカモ―

もしかしたら好きかもしれない。
でも、もしかしたら好きじゃないかもしれない。
今まで散々自分を抱いてきたくせに、今更こんな曖昧な気持ちを突きつけられて、ヒル魔の気持ちは混乱する。
ヒル魔はそれが腹立たしくて、その夜の事は頑なに喋らなかった。
身体に残った情事の跡をムサシに見つけられたときも、相手がムサシだとは言わなかった。
その結果が暴力以外の何者でもない性行為。
ムサシから与えられる痛みに、やはりその程度の存在かとヒル魔は身をもって教えられた気がした。
あれからムサシとは一度も顔を合わせることなく年の瀬を迎えていた。
別にあの夜のことが原因とは言わないが、全く関係ないとも言い切れない。
お互いに努力すれば、会うことぐらいたぶん簡単に出来るのに、あえてその努力をしないでいただけでムサシは容易に自分の世界から消えていく。
いつだってヒル魔はムサシに置いてきぼりを食らってしまう。
それなのにまだムサシを欲しがる自分の気持ちに、目をつぶれないでいることが可笑しかった。
一人で放心していても仕方が無いので、ヒル魔は部屋の掃除に取り掛かる。
きっとこの年末年始は一人きりだから、適当に片付けてアメフトのビデオでも鑑賞していれば時間も過ぎていくだろうと思った。



〈3〉

年末の大掃除を終えて、ヒル魔が何の気なしにかけたテレビでは恒例の歌合戦が始まっている。
アメフトのビデオでもと思っていたのに、ついムサシへと考え結んでしまいそうでヒル魔は躊躇していた。
そんな時、部屋のチャイムが鳴らされる。
今頃誰がとヒル魔は訝しがりながらもドアを開けた。

「......よう。」
「......っ」

ドアの向こうに現れたのはムサシ本人。
まさか来ると思っていなかったから、ヒル魔は驚いて言葉を失った。
そんなヒル魔と目をあわせないようにしながら、ムサシは立っている。
ヒル魔はどうしたものかとムサシを眺めた。
そしてその手に握られているものに気が付き、ヒル魔は自分の体温が下がっていくのを感じた。

「何の用だ?今は酒もテメェも見たくねぇんだがな。」
「仕方ないだろう、仕事先の奴が持たせたんだから。」
「で、それ飲んでまたこないだみてぇに好き勝手するってのか?」
「好き勝手?」
「二日酔いのテメェは最悪だからな。」

ヒル魔の嫌味にムサシは眉をひそめながら声を荒げて答えた。

「あれはオマエだって悪かっただろうがっ!!」
「うるせぇっ!!近所迷惑だっ、帰れ。って何勝手に入ってやがる!!」

ムサシはヒル魔を押し退けて、ずかずかと部屋へ入っていった。
ヒル魔も仕方なく後に続く。
険悪な空気のままいつもの指定席に座ったムサシは、酒瓶をヒル魔に突きつけた。

「飲めよ。」
「.........何で?」
「酒でも入らなきゃどうにも息苦しくて仕方ないだろうがっ!!」
「ただの糞無神経かと思ったら、たまにはまともな事いうじゃねぇか。」

息苦しいのはヒル魔のほうも同じで、ムサシの申し出にヒル魔は素直に従った。
もちろん酒が入ったからといってすぐに酔いが回るわけも無く、しかもお互い緊張して飲むのだからさらに酔いにくく、二人とも無言のままにピッチだけが進んでいった。