Io insegno amore V




3)
綱吉は無残に砕け散った扉の残骸をよけながらザンザスが待つ部屋へと入っていく。
部屋の中では想像通りの表情でザンザスが座っていた。
不機嫌さを隠そうともせずしかめっ面のままのザンザスを目にしても綱吉の心臓はその甘い高鳴りを止めようとはしない。
少し緊張した綱吉が先に話しかけるのを待つ気のないザンザスはすぐに口を開く。

「ドカスがいったい何のようだ?」
「あの、今日はその、天気がいい日だね」
「今すぐかっ消されたいのか?」

ザンザスの目がさらに強く綱吉を睨みつける。
決して好意的な視線ではないけれど、ザンザスが綱吉の事を見つめ続けているという現実に綱吉は幸せのあまり軽くめまいすら覚える。
そんな自分の純情さがおかしくて、綱吉は自嘲気味に口元をほころばせた。
その笑みを目にして小馬鹿にされたと勘違いしたザンザスが手に光を集め始める。

「ちょっ……待ってよっ!!」
「うるせぇっ!! 今すぐ出ていくかそれともこのまま焼き尽くされるか選べ」
「今日は話をしに来たんだからザンザスに話を聞いてもらうまではどっちも選べないし、どっちも選びたくない……です」
「かっ消す価値もないドカスがっ!」

弱気になった綱吉の情けない顔を見て一言吐き捨てたザンザスは自分から会うと言ったことも忘れて椅子ごと綱吉に背を向けた。
綱吉はそのまま狸寝入りしようとするザンザスの後ろに近寄る。
ザンザスの顔が見えない事はとても残念だけれど、顔が見えない事で綱吉は冷静さを取り戻していた。
綱吉はザンザスの背後で話しはじめる。

「あの、あのね、オレ……少し前からザンザスのこと『好き』ってずっと言ってるよね?」
「…………」
「でもそれってその、ザンザスのことを危ない目にあわせちゃうんだって言われた」
「…………」
「だから、オレの今までの『好き』は友情の『好き』にしておけって……でもオレの『好き』は友情じゃなくて……その……」
「…………」
「……ねぇ、ザンザス聞いて……ッ」
「……う゛お゛ぉい、話はそこまでだぁ」

まったく動く気配のないザンザスに近づこうと一歩足を踏み出した綱吉の頬に背後からひやりとした冷たい物が当てられる。
綱吉の後ろではいつの間に来たのかスクアーロが立っていた。
さっきまでの大声とは違いスクアーロは小さく声を潜めて綱吉に話しかけてくる。

「ボスの眠りを邪魔すんなぁ」
「はぁっ?」

スクアーロに言われて綱吉は耳を澄ませる。
耳に届いてくる規則正しい寝息を聞いた綱吉は思わずザンザスの前にまわりこもうとした。
綱吉の気がザンザスへと逸れた瞬間、スクアーロは易々と綱吉を捕まえて部屋の外へと連れ出した。

「いきなり何するんッ……もごっ」
「大声上げるんじゃねぇぞぉ、今のボスは疲れてんだぁ、誰かさんのおかげでなぁ」
「…………っ!」
「おまえらボンゴレに痛めつけられたボスの身体はそんなに丈夫じゃねぇ、あんまり無理させんなぁ」
「ザンザスどこか悪いの?」
「いや、ピンピンしてるぞぉ」
「だって今そう言ったじゃないかっ!!」
「普段はピンピンしてても時々ああやって急に眠りこけるんだぁ」

てっきり自分の相手をしたくなくて狸寝入りを始めたとばかり思っていた綱吉はスクアーロの言葉に表情をこわばらせる。
ザンザスが過去に受けた心身へのダメージはスクアーロに言われなくてもその一端を担った綱吉にも充分理解できている。
そして家光が指摘していた綱吉の強引なアプローチによる影響が早くも出てきている事実に驚いた。
同時に、目の前のスクアーロも含めて大人たちの勝手な事情で綱吉が抱くザンザスへの恋心を邪魔しようとする人間全てに怒りがわいてくる。
綱吉の不穏な様子にスクアーロは何の動揺も見せず忠告の言葉を叩きつけた。

「べつにあいつに誰が言い寄ってこようと勝手だけどなぁ、ボスの害になるならオレはそいつを排除するだけだぁ。 それがボンゴレ10代目でもなぁ」
「スクアーロはいつもそうやってザンザスの相手を選んであげるわけだ」
「いや、ボスの相手はボスが自分で決めることだぁ、あいつがいいって言う相手なら誰だってオレはかまわないぞぉ」
「その言葉、忘れないでね。 オレは絶対ザンザスを振り向かせるから」
「う゛お゛ぉい、それは結構な確率で無理っぽいぞぉ」
「無理じゃないさ、そのために10代目を継いだんだから」
「それ、あいつに言ったら絶対無理だぁ」
「じゃあザンザスには言わない、助言ありがとう」

綱吉の態度からはさっきまでの粘り強さが消え、刃を向けたままのスクアーロに対してあっさりと背を向けて帰っていく。
そのあっけなさにも関わらず、スクアーロは剣先を構えたまま小さくなる背中を凝視する。
綱吉を包む空気はスクアーロがザンザスの不調を口にしたときからがらりと変わっていた。
スクアーロは綱吉がヴァリアー本部を出て行く頃合いを見計らって扉の壊れた部屋に向かって話しかける。

「う゛お゛ぉい、どうすんだぁ? あのガキ結構マジじゃねぇかぁ?」
「黙れ、かっ消されてぇのか……カス鮫がっ!」
「命がけの嘘ついてまで追い払った労いの言葉がそれかぁ……」
「嘘じゃねぇ、本気で眠くなっただけだ」
「う゛お゛ぉいッ!! どっか調子悪いのかぁ? ぐぁっ……」

慌てて部屋へ入ろうとスクアーロが顔をのぞかせた瞬間に高価なブロンズ製の置物が投げつけられた。
けして避けられないわけではなかったが、今までの経験上こういった場合には素直にぶつけられていおく方が得策だとスクアーロの本能に染み付いている。
それでも何とか致命傷にならないようにわずかに避ける努力はしたものの、ぶつけられた瞬間の衝撃はやはり強く、額の辺りを押さえてスクアーロはしゃがみこんだ。
投げつけた本人はスクアーロの心配などするわけもなく、不機嫌そうな足音を立ててスクアーロのそばを通り過ぎた。
スクアーロのわきを通る際にザンザスはぽつりと言葉をこぼす。

「おまえらはオレのどこがいいんだ? どいつもこいつも物好き過ぎて反吐が出る」

ザンザスの言葉の中には綱吉だけでなくスクアーロやヴァリアーの面々も含まれている。
その事を知っているスクアーロは心の底で綱吉に対する不穏な感情を抱いた。
どういった種類のものであれ、ザンザスは自分に向けられる愛情を理解できない。
スクアーロはそれでも構わないと覚悟してザンザスの傍に居座り続けている。
もちろんスクアーロはザンザスに対して愛情を理解させるというその部分での努力を怠っている自覚がある。
しかしだからなのか、今回のように自分の気持ちのままにザンザスに愛情をぶつけて理解させようとする綱吉の姿を見ているとスクアーロは胸のムカつきを覚える。
これから先、万が一ザンザスが愛情を理解できる時が来たとしてもその相手はきっとスクアーロではない。
でも、もしもその誰かが綱吉だったとしたらスクアーロはそれを受け入れる事ができるのだろうかと自問自答する。
答えはあまりにも簡単に出てしまいそうで、しかしその答えを出してしまえばスクアーロはザンザスの傍に今までのようにはいられなくなる気がしてならない。

「余計な事は考えるなぁっ、オレが勝手に憧れてついていってるだけだぁ」

スクアーロはまだグラつく頭を強く振りかぶり、頭の中に淡く浮かんだ何かを意識の底へと追いやる。
次の瞬間、周囲に散らばった建物の一部や黒く煤けた壁を目にしながらスクアーロの頭の中ではすでに修繕の手間と費用はせめてもの意趣返しとして綱吉の元に送ってやろうという考えだけが浮かんでいた。


fine