平成生まれの綱吉にとって、ファーストキスはレモンの味だなんて言葉は父親世代の浮かれ話だと思っていた。
だからそんな例え話を父親から聞いたときはキスするような相手もいなかったし、気にはなったものの興味のない振りをした。
もちろんキスという行為には興味があったが、そのときの綱吉には自分が誰かとキスをすることなどありえないと思っていた。
それなのにいま綱吉の口の中は暖かくて気持ちいい他人の舌によってレモンの味が広がっている。
いきなり口をふさがれ、これがキスだと気づいたときには舌も唇も離れて口の中にはレモンの味だけが残った。
キスをくれた相手は綱吉がつい何日か前まで戦っていた人だけれども、厳密に言うとその時の人ではなくいきなり未来につれてこられた綱吉が知らないその後を知っている未来のザンザスだった。
無愛想で不機嫌で不敵なその表情は確かに綱吉の知るザンザスのものだった。
しかし綱吉が知っているザンザスは綱吉を憎んでいるはずだから絶対に綱吉にキスなんかするわけがない。
だったら目の前のザンザスにそっくりの人は誰なのか、どうしていきなりキスなんてされなければならないのか。
わけがわからずに綱吉は絶叫する。
「なななっ、なにしてるんですかあああああっ!!」
「家光に頼まれた」
「へっ?」
「てめーが家光の話を信用しないから証明してやってくれってな」
「…………何を?」
「ちゃんとレモン味だっただろ」
そういってザンザスはグラスに注がれたウィスキーを口直しとばかりに一気に飲み干した。
綱吉は話がまったく理解できずに呆けた顔でザンザスを見つめ続ける。
混乱する頭の中で少ずつ今の状況を確認していく。
すると目の前のザンザスが自分の知っているザンザスとはどこか違っている事に気がついた。
いくらか薄くなった火傷の跡とおろした前髪と少し痩せた身体は数日前に炎をまじえたザンザスよりもずっと大人びている。
「えっと……ザンザス……さん、ですよ……ね?」
「気持ち悪ぃ、いまさら敬語なんか使いやがって人のこと馬鹿にしてんのかカスガキがっ」
「ええええーっ! 何で目上の人に敬語使って怒られなきゃなんないんですか……」
「……ああ、今のテメーは乳臭いほうの沢田綱吉だったな」
「乳臭くないほうのオレってどんなオレなんですかぁーっ」
「いちいちうるせぇ、かっ消すぞ」
「ひぃぃぃぃぃいっ!!」
青ざめた顔で情けない声を出す綱吉をザンザスは面白そうに眺めている。
ザンザスの手の中にはいつの間にかウィスキーの継ぎ足されたグラスが握られていた。
綺麗にカットされたグラスが琥珀色の液体と共に光を反射しながらザンザスの唇に当てられた。
硬質なクリスタルガラスに押し当てられたザンザスの厚い唇はグラスの縁にやわらかく押しつぶされていく。
その光景はザンザスを見つめる綱吉に先ほどの肉感を思い起こさせ、綱吉は知らずに頬を染めていた。
「おいドカス、涎たらしてんじゃねぇ」
「えっ? あっ、よだっ……嘘ッ」
言われて慌てた綱吉は指摘されたままによく確かめもせず必死で口元を袖で拭き続ける。
そんな綱吉のそばへとザンザスは気配を消して近寄った。
綱吉が気づいたときには不敵な笑みを湛えるザンザスの顔がすぐ目の前にあった。
「うひぃっ!」
「たまには乳臭ぇのも悪くねぇ」
「……ングッ!」
2度目の口付けは1度目と同じく突然で、けれども先ほどとは違い爽やかなレモンの味はどこにもなく、代わりに苦くてむせるようなアルコールの味がした。
綱吉の口の中を蠢くザンザスの舌は一度目よりもその熱を上げ、熱くねっとりと口腔内に絡みついてくる。
頭を押さえつけられて逃げ場を失った綱吉はうまく息をすることができなくなり、慣れない酒の味による軽い酩酊感とあいまって頭の芯がぐらついてきた。
足元のふらついた綱吉を半ば押し倒すようにしてザンザスは綱吉の小さな身体をソファへと沈めた。
綱吉が酸欠で朦朧としかけた頃合を見計らい、ザンザスはその唇を離した。
お互いの唇が触れるか触れないかの至近距離で、ザンザスは唾液に濡れた綱吉の唇を舌先でなめながら尋ねた。
「どんな感じだ、沢田綱吉?」
「はっ、……はぁ……全然、レモン味じゃ……ない、です」
「ぶははっ! 当たり前だ」
「あのっ、なんで……こんなこと、してるんですか?」
「……ふん、ずいぶんと余裕のある言葉だな。 そういうところはカスガキだった頃も今も変わんねぇか」
「……今?」
少しずつ息を整わせながら綱吉はザンザスを見つめた。
ザンザスが言った『今の綱吉』とは、未来に連れてこられた自分を指しているわけではない事をなんとなく理解できた。
それならザンザスが言っている未来の綱吉はいったいザンザスとどういう関係なのかという疑問がわいてくる。
まだ考えや感情をうまく表情の下に隠す術を持たない綱吉の顔からザンザスはその疑問を読み取っていた。
「乳臭ぇがそれほど馬鹿じゃないらしい」
「えっ、あのっ、だからどこ触ってるんですかぁぁぁあっ!!」
「気にするな、施しだと思え……カスガキのテメーには聞き覚えのある言葉だろう?」
「確かにあるけど、ありますけどこの間それを言ってたのはオレに対してじゃなかったですぅっ!!」
「細かい事は気にすんな」
「ぎゃあっ!?」
綱吉は急に股間から与えられた何ともいえない暖かさと気持ちよさに驚いて悲鳴を上げる。
何が起きているのかと眼を向ける綱吉の視線の先には手慣れた様子でザンザスが綱吉のモノを口に含んでいた。
綱吉はザンザスの口の中で舌先に弄られながら分厚い唇で周りを締め付けられ吸い付かれる。
まだ14歳の小さな綱吉はザンザスの行為を素直に受け、精一杯その存在をザンザスの口の中に主張する。
綱吉には何もかもが初めてで刺激が強すぎて、我慢もなにもできずに若さを吐き出した。
それはちょうどザンザスが綱吉から口を離して舌でなめあげた瞬間だった。
勢いよく飛び出した白液はザンザスの顔にしっかりと張り付いた。
「…………」
「もももっ申し訳ありませんんんんんんっ!!」
「まぁ、初めてならこんなもんか」
「おお怒っ、怒ってないんですかぁぁぁぁあっ?」
「ぶはははっ、別に気にしてねぇ。 だが次に我慢できなかったらかっ消すかもしれねぇ」
「次ってなんですかぁぁぁぁああっ!!」
白い飛沫を顔につけたまま、ザンザスは綱吉の耳元でささやく。
ザンザスにのしかかられた綱吉はまるで肉食獣に取り押さえられた哀れな子ウサギのようだ。
綱吉の反応は恐怖というよりもただただザンザスの圧倒的な存在に気圧されて混乱していた。
いきなり与えられた快楽に顔を上気させながらも、状況を理解できなくて強張った綱吉の頬をザンザスの唇がからかうようになぞっていく。
ザンザスの唇がキスを誘うように綱吉の唇に触れかけた瞬間、聞きなれた怒鳴り声がその動きを静止させた。
「う゛お゛ぉい、そのくらいにしとけぇ」
「ひぃっ!!」
「チッ、カス鮫がなんの用だ?」
「どっかの馬鹿ボスが阿呆っゴフッ……」
「ひぃぃぃぃいいっテテテッテーブルに顔が刺さささっ……」
スクアーロが文句を言い始めたのとほぼ同時にザンザスは銀色に光る髪をわしづかみ、手近にあったテーブルへと叩きつけていた。
その容赦ない鉄槌とスクアーロの身におきた惨劇に綱吉の顔は蒼白となる。
ザンザスはおびえきった綱吉に興味をなくしたのか、いまだに机に突っ伏したままでいるスクアーロのコートの裾で自分の顔にこびりついた綱吉の精液を拭い取り、二人を残したまま部屋を出て行った。
固まりきった綱吉の耳に再びスクアーロの怒鳴り声が聞こえた。
「う゛お゛ぉい、いいかげんその粗末なものしまっとけぇ……」
「うわぁっ生きてたぁっ!!」
「勝手に殺すなぁっ!! ったく、あんのクソボスがぁっ!!」
スクアーロは血まみれになった顔でザンザス出て行った扉と、ザンザスに汚されたコートに一瞥をくれる。
そうして顔についた血を袖口で乱暴にふき取りながら、綱吉に向かって凄んで見せる。
「う゛お゛ぉいボンゴレェ、今日の事は全部忘れとけぇ」
「無理ですよっ!!」
「無理でも忘れろぉっ! でないきゃこのコートの礼を今してやろうかぁ?」
「そんな無茶苦茶なぁっ」
綱吉はスクアーロの大声に頭を抱え身を縮みこませる。
ガチャンと大きな音がして、綱吉は次にくる衝撃にぎゅっと強く目をつむった。
そんな綱吉の覚悟に反し、いつまでたっても綱吉の身にはなにも起こらない。
恐る恐る綱吉が薄目を開けた時にはスクアーロの姿はすでになく、真っ二つになったテーブルが足元に転がっていた。
continua a 『amaro 2 』