温度計 1

人間の感覚はとても奇妙に出来ていて、体感する感覚の 強さは五つある内の主となる感覚よりも、その他の感覚 によって左右される事がしばしばある。
例えば味覚は視覚や嗅覚によって真実が簡単に変わって しまう。
それと同じように、寒いという感覚も風の音や自分の吐 いた息の白さを目にすることで、実際の気温以上に寒さ を感じてしまうことがある。
連想ゲームのようなそれは、何の変哲も無い日常の中に 嫌というほど溢れていて、今土方が感じている物もその 一つでしかなかった。
冬のイメージカラーにはよく白が使われ、どこまでも身 に付きまとう白色は寒さを否応無しに連想させる。
雪がちらつくような寒い夜に、息をするたび口から漏れ る白い息を目にする。
これ以上白い物など見たくも無いのに、目の前には頭か ら着ている物まで全て白い男が薄ら笑いを浮かべていた 。
視界に映る全ての白さに実際以上の寒さを感じて、土方 は思わず身震いをしてしまう。
不用心に戸を開けてしまった自分の行動に嫌気を覚えな がら、その戸を無言で閉じようとした瞬間に白い男が慌 てふためく。

「ちょっ、ちょっと!!何閉めてんの?こんな所で締め 出し食らっちゃったりなんかしたら銀さん凍え死んじゃ うでしょうがッ!!」
「うるせぇっ!勝手に野垂れ死ね。」
「酷いよそれ、アンタそれでも警察?一般市民の味方な んですかぁっ?この税金泥棒っ。」
「そういう台詞は税金払ってから言えっ!!」
「払ってます、きちんと消費税って税金払わされてます ぅーーー!!」

部屋に入れまいとする土方の攻防も虚しく、銀時は雪や ら白い息やら冷気やらを体に巻きつけ、土方を押し倒す ようにして部屋に上がりこんだ。
その勢いで不覚にも畳に後頭部を打ち付けた土方が痛み に耐えている間、銀時はこれ以上部屋に冷気が入り込ま ないようにといそいそ戸を閉める。
あまりに無防備に背中を向ける銀時に刃を向けるのは武 士としてなんとなく躊躇われてしまう。
仕方なく土方は刀をいつでも手に出来る位置に置き直し 、代わりに煙草を手に取った。

「で、今日はいったい何の用だ?」
「おたくんとこの沖田君に連れ出されたうちの小娘がま だ帰らなくてね。雪も降ってきたし、こうして迎えに来 たんだよ。」
「総悟に連れ出されただぁ?食いモンに釣られてついて 行ったの間違いじゃねぇのか?」
「うちの子をそこらのガキと一緒にすんじゃねぇぞ。釣 り針に付いた餌を掠め取って逃げるくらい朝飯前ですぅ 。」
「・・・・・・・・・。」

万事屋などというおかしな商いをしている男相手に、少 しでもまともな会話をしようと思うほうが間違いだった ことを思い出し、土方は言葉の代わりに紫煙を吐き出し た。
副流煙をまともに顔に受けた銀時が、煙が目に沁みたと わざとらしく目頭を押さえる。
煙を嫌がる銀時の様子が可笑しくて、土方はもう一度今 度はわざと方向を定めて紫煙を吐き出した。

「ゲホッ・・・、ちょっと副長さん、今すぐ肺がんにな って死ぬ気ですか?でもって一人で死ぬのが寂しいもん だから銀さん道連れにしようって腹だな、コノヤロー。 」
「はぁ?阿呆な事言ってないでとっとと帰れ。」
「だ〜か〜ら〜、神楽を迎えに来てんのに何で一人で帰 らなきゃなんねぇの。人の話はきちんと聞いとかなきゃ だめだよ、多串君。」
「誰が多串だぁあっ!!大体、総悟はまだ帰ってねぇし 、お前んとこの中華娘だってうちに来るとは限んねぇだ ろうがッ!!」
「ああ、それなら大丈夫。遅くなったら迎えにいくから 真選組で待っときなさいって言っといたから。」
「確信犯じゃねぇかあああっ!!」

土方の怒号と同時に鞘から抜かれた白刃が銀時に向かっ て振り下ろされる。
しかし暴れた場所が悪かった。
所詮は狭い部屋の中で、その近すぎる間合いに銀時の手 が易々と土方の手元を押さえる。

「んもー、そうやってすぐ暴力に訴えるところ、銀さん 感心しないなぁ。」
「チッ」
「あー何、今の舌打ち?ねぇ舌打ちした?そんな反省の かけらも無いような態度取る子には本気でお仕置きしち ゃうからねっ。」
「なっ、うわっ・・・」

土方は自分の身に何が起こったのか理解する暇もなく身 体が宙に浮いて次の瞬間、床に叩きつけられる。
衝撃で手から離れた刀は、銀時によって更に遠くへと蹴 り離された。
銀時はいつもへらへらと力無く笑っているくせに、何の 前触れもなく時々こうしてしてありえないほどの強さを 見せ付ける。
それを知りながら油断した自分の未熟さに唇を噛み締め る土方の身体に銀時が覆いかぶさってくる。
受身を取る間も無く背中からまともに落ちたせいで息が 詰まり、上手く息継ぎの出来ない状態では銀時を止めよ うにも制止の言葉一つまともに出せなかった。
ようやく痛みから解放されて呼吸が楽になる頃には銀時 の下に組み敷かれて、今度はその重さと距離の近さに息 を詰める。

「ど…っけ、・・・・・・重ぃ」
「そんなに重いはず無いじゃん、銀さんちは貧乏だから いつも強制ダイエッターだし。」
「甘ぇもんばっか食ってるくせに、何がダイエットだこ の糖分デブっ!!」
「糖分は生物にとって命の泉なんだよっ、そんなことも 知らなくてよく副長さんなんてのが出来るよね。ああ、 ゴリラが局長だから副長くらい頭悪くても勤まるか。」
「てめぇっ!近藤さんまで馬鹿にしてんじゃねぇぞっ! !」
「馬鹿にしてませーん。ムカついてるだけでーす。」

今この状況で優位に立っているのは銀時のはずなのに、 何をムカつくことがあるのかと土方は視線を上げる。
目に写った男の顔は本当に不機嫌そうで、つられて土方 の眉間にも皺が寄せられる。
双方にらみ合いが続く中、体勢的には分の悪い土方が痺 れを切らして口を開いた。

「甘党にケチ付けられたのが気に食わないってのなら、 こんなことせずにとっとと出て行きゃいいだろうがっ! !」
「アンタ本当に人の話聞いてない人だね。神楽を待って るつってんでしょ。それに甘党にケチ付けられたからム カついたんじゃねぇよ。」
「じゃあ何だってんだっ。」
「・・・・・・・・・はぁ、俺ってホント報われねぇ。 」

土方が近藤を大事に扱う時にはいつも不機嫌になる銀時 だったが、土方がそれに気付くほど気の効いた男でない ことは銀時も知っていた。
知ってはいるけれど、だからと言ってそれが許せるわけ も無く、銀時は自分の度量の狭さに切なくなる。
切なくなって、胸に吹いた隙間風で凍えた心を土方の体 温で暖めるように、自分の下でもがく身体を強く抱きし めた。