じんわりと暖まっていく部屋で、土方だけが居心地悪そ
うに座っている。
平静を保とうとしながらも上手くいかない苛立ちが、土
方を取り巻く空気の張り詰め方で分かってしまう。
銀時は少しからかい過ぎたかと思いながら、自分の頭に
手をやる。
いつものように、ただ頭を掻きたかっただけの他愛もな
い銀時の動きに、土方の肩がビクリと反応する。
「おいおい、そんなに警戒しなくても・・・。もう何に
もしないって。」
「そっそんなんじゃねぇっ!あれだっ、あの、煙草・・
・煙草吸おうと思ったんだっ!!」
土方は自分の言葉どおり慌てて煙草に手を伸ばし、乱暴
に一本取り出して火を点けようとする。
銀時は土方が火を点ける手前で手を伸ばし、それを制止
した。
「何しやがんだっ!!あっ、万事屋てめぇっ、線からこ
っち入んじゃねぇっつっただろうっ!!」
「いや、でもほら。吸い過ぎだよ、うん。体悪くするか
らさ、もう今日は止めときなって。」
土方の咥えた煙草に火が点かないよう、銀時はライター
を持った方の手首を押さえ込んだ。
握りこんだ先の硬い手首から銀時の掌へと、相手の暖か
さが脈打ちながら伝わる。
きっとこれは一瞬の出来事で、どうせすぐに振り払われ
るなと思いながら、銀時は移動してくる熱を楽しんでい
た。
一秒先には怒鳴られて手を引っ込められるだろうと予想
していたのに、手が振り払われることは無く、代わりに
不思議そうな土方の声が聞こえてきた。
「何でまだこんなに冷たい手してんだよ?」
「えっ?」
「さっき散々人の体温奪っといて、まだ吸い足りねぇと
か言うつもりか?」
「ああ、だってほら。今って二人っきりシチュエーショ
ンじゃん?銀さんのハートは燃えに燃えてるわけよ。お
かげで手の方は反比例してるってことで冷たいままなん
じゃないの?」
「………気味悪ぃ事言ってんじゃねぇぞ。」
「俺の言うこと信じてないでしょッ。冷たい手の人は心
が暖かくって、暖かい手の人は心が冷たいってのは大昔
からの言い伝えで、今となっては常識なんですー。」
銀時は唇を尖らせ文句を言いながら、振り払われないの
を良い事に土方の手首を握ったままにしていた。
部屋の空気はだいぶん温まったようで、土方は?まれた手
首の冷たさもあまり気にならない。
無理に手を引かれて距離を縮めようとする様子も無いの
で、少し警戒を解いて銀時の言葉を考えてみた。
そうして一人の人物を思い浮かべ、呟く。
「そういや総悟の奴はいつも生温い手ぇしてやがんな。
おい万事屋、昔の人間ってのはなかなか的を射た話を…
って、イテテッ!!」
冷たい手が急に力を込めて掴んでいた手首を締め上げる
。
土方は慌てて振り払おうとするが、関節技をかけられた
ようにビクともしない。
「イダダダダダッ!?オイィィッ!!離せっ今すぐ離せ
ぇっ、手首外れちまうだろうがぁぁぁっ!!」
「何で沖田君の手が生暖かいって知ってんの?それって
沖田君に触られてるって事でしょ?銀さんはダメで沖田
君は良いってなぁっどういう事だぁぁぁぁッ!!」
「アイツは油断してると人の首を楽しそうに絞めにくる
んだよっ!!その時の手がいっつも生温くてって、イタ
イタイタイタイィッ、いい加減手の力抜けェェェッ!!
」
「嫌だぁっ!!沖田君が触ってもいいなら銀さんも触っ
ちゃうもんねっ!!触って触って触りまくっちゃうもん
ねぇッ!!」
「オマエ今、会話のキャッチボールが出来てねぇだろっ
!!人の話をちゃんと聞けぇぇぇっ!!」
土方は銀時から手を奪いかえそうと必死になって抵抗し
、銀時は土方を抱き寄せようと力任せに引っ張ってくる
。
白い髪を鷲掴んで引き剥がそうとしたり足で蹴ってみた
りと暴れる土方に対し、全く引かない銀時の攻防戦が白
熱していく。
2人の動向が開きかけた瞬間、スパーンと大きく乾いた音
を響かせて障子が開け放たれた。
「あれ?お邪魔しちまったようですねぃ。どうもどうも
スイヤセン。あっこのまま見てるんで続きやっちゃって
くだせぇ。そいつ殺るんだったら手ぇ貸しますぜ、万事
屋の旦那。」
「お帰り沖田君。ヤるの漢字が違ってるよ、それに手伝
いはいらないし。まぁ、でもお言葉に甘えて続きはっ…
」
「ふざけてんじゃねぇッ!!おい総悟テメェェェッ!チ
ャイナ娘どうしたぁっ、このアホはあの娘迎えに来たん
だとよっ!とっととこの馬鹿親つれて帰らせろぉぉッ!
!!」
心底残念そうな顔をした総悟が嫌々といった態度で神楽
を呼びつける。
神楽を返すのが惜しいとか言うのではなく、土方の嫌が
る様子を見られなくなることが気に入らないらしいこと
は誰の目にも明らかだった。
しかし総悟のそんな顔も、神楽が部屋を覗いた時には鉄
面皮の下に隠れてしまっていた。
「銀ちゃん何してるアルか?プロレスするにはちょっと
リングが狭すぎるね。」
「覚えとけ神楽ぁっ!狭いほうが燃えるプロレスだって
あるってことを!!」
「何言ってんだオマエェェェッ!!ガキの前で言って良
い事と悪い事があるだろうがッ!!!」
「うおおおおおっ、なんかよくわかんないけど、銀ちゃ
ん格好良いネ!!」
「カッコ良くねぇェェッ!!いいからもう帰れっ、お前
ら全員出て行けェェェッ!!!」
土方は残った力を振り絞り、三人を追い出す。
閉めた障子の外から言いたい放題の勝手なブーイングが
聞こえていた。
けれどそれも僅かな時間で、しばらくすると耳に馴染ん
だ声は徐々に遠のき、土方の周りには静寂が訪れる。
せっかく温まりかけていた部屋は、先ほどの喧騒でまた
少し冷やされていた。
寒くなった部屋の中で、土方は手首に残る手の冷たさを
思い出す。
指の跡が残るほどに強く掴まれた手首は熱を持ち始めて
いた。
「チッ、思いっきり掴みやがって。今度会ったらアイツ
の手、切り落としてやりてぇ。」
「出来もしないことは口にしないほうが男っぷりが上が
るってモンですぜぃ。」
「うわぁっ!!総悟っ、追い出したはずじゃぁッ???
」
「おんなじ屯所に居りゃあ、追い出されても簡単に戻っ
てこれまさぁ。」
しれっとした総悟の態度を見た土方の額に血管が浮かぶ
。
しかし頭に血が上った方が負けという事を、土方は長い
付き合いの中で嫌というほど学んできた。
頭を少し冷やそうと、目の前の顔から視線を外した土方
の目が、総悟の手元で止まる。
銀時の言葉を思い出した土方は無意識に手を延ばした。
「ちょっと何しやがんでぃ、お手々繋いでお遊戯でもす
るつもりですかい?」
「んなもんするかっ!…お前の手がいつも生温いからよ
、今もそうかと思って。」
「はあ?今は冷たいですぜ。」
「何でわかるんだ?」
「チャイナにさっきまでそう言われてたから。ほら、金
出すならあんたにも触らせてあげやすぜ?」
「誰が払うかぁぁッ!!」
掌を上に差し出した総悟の手を土方は叩き落した。
瞬間的に触れ合った皮膚から手の温度が伝わる。
「ってぇ、暴力反対。慰謝料請求しやすから、覚悟しと
きやがれぃっ!!」
「………………………。」
怒って部屋から出て行く総悟には目もくれず、土方は自
分の掌を見つめる。
いつもどおり生温い手だった。
それなのに、神楽はその手を冷たいと言ったと、総悟は
言う。
どういった意味合いのものかは別として、総悟が神楽に
対して好意を持っていることは、普段傍から見ている土
方にはよくわかる。
総悟が土方の事を気に入らず、常に対抗心を燃やし続け
ていることも知っている。
そんな総悟の手を神楽は冷たいと言い、土方は生温いと
感じる。
「………マジかよ。」
土方は無意識に小さく呟いた。
銀時の手の冷たさを思い出して、手首に残った指の跡が
また少し熱を上げる。
暖かさの足りない部屋の中で、銀時の触れた手首だけが
土方の身体を暖め続けていた。
終わり