びぃどろ 4

第六幕
『贈り物』


体中が重くて、ヒル魔は指一本動かしたくなかった。
まぶたを開くことすら億劫で、このまま深い眠りへと落ちてしまいたかった。
それなのに、何かがヒル魔の中に無理矢理進入しようとするから、それが嫌で目をこじ開けて辺りを探る。

「......ぁっ...なっに?」

うっすら開いたヒル魔の視界には人影が霞んで映る。
状況もよくつかめないままに、何かがヒル魔の中に押し入ってくるから思わず悲鳴を上げた。

「ひっ...やっ......やだっ!!」
「なんだ、もう起きたのか。意外と丈夫だな。」
「やだっ...なにしっ......やぁぁっ」

ムサシが何かをヒル魔の中に埋め込んでいく。
ヒル魔はその事実だけで、恐怖に支配され足掻き逃げようとする。
しかし、慣れない行為に疲れた身体は一向に言うことを聞かず、ムサシの動きを止めることは無かった。
身体は動かなくとも頭がはっきりしてくるにつれて、ヒル魔は自分の身体に何が起こっているのかを、その身の内から理解していく。
ヒル魔の身体にはムサシの指が差し込まれており、しかもそこは指だけでなくなにやら硬い異物をも感じ取っていた。
今までの身体であればムサシの指一本進入を許さないであろうその硬い入り口は、先ほど教え込まれた行為によって信じられないほど柔らかくなっていた。
痛みを感じることなく、軽い圧迫感とともにムサシの行為は続けられる。
ムサシはその硬い異物をヒル魔の体内深くへと押し込み、指の届くぎりぎりまで突っ込んでいった。
そうして指先を離れた異物はヒル魔の中に鎮座し、ムサシは無遠慮に指を引き抜いた。

「......っく、ひぃっ!!」

ムサシが冷たくヒル魔を見下ろす中、ヒル魔はただ自分の身体を抱きしめて身体の熱が治まるのを待った。
呼吸は落ち着き、鼓動が深くリズムを整えられるようになっても、体内の異物感は消えず、ようやくヒル魔は理解する。

「テメェ...何入れやがった......。」
「ん、ささやかな贈り物だ。どうしてもお前に渡せとうるさいんでな。」
「だから...何入れやがったって聞いてんだっ!」

ムサシはヒル魔の怒りなど、するりと交わして姿勢をくつろげた。

「さぁ?そういう物のことは興味が無いんでよく知らん。確かアメジストとか何とか言っていたな。」
「なんでっそんなもんをっ......」
「オマエのことだから、どうせ普通に渡しても受けとらんだろう?」

ムサシは鼻で笑って視線を逸した。

「そろそろ帰るか、支度しろ。」
「えっ?......あっ、ちょっと待てよっ!」

ヒル魔は本気で身支度を始めたムサシに慌てて声をかける。
ムサシは視線だけを寄越して、無言のままヒル魔を見つめる。
その視線に耐え切れなくてヒル魔は思わず俯いてしまった。
いきなり帰るといわれても、いまだに体内に残るこの異物をいったいどう扱えというのかと、ヒル魔は叫びたくなった。
しかし同時に、そう口にすることでまた何かが始まるかもしれないことも恐ろしかった。
言いよどんで俯いたままのヒル魔に、ムサシがもう一度声をかける。

「さっさと支度しろ。それともそんな物入れたままで歩いて帰るつもりか?」
「っ!?」

いったい誰が入れたのかと、ヒル魔はのど元まで出た怒鳴り声を何とか飲み込み、身支度を始める。
今はまだ二人きりで、いつまたムサシの気が変わって何かされるかもしれないとヒル魔は思った。
とりあえず、ムサシは今体内に埋め込まれたアメジストを取る気は無さそうで、それならとにかく誰か人のいる場所へ逃げたかった。

「・・・っぅ・・・あ」
「なんだ?ずいぶんと良い声で啼く様になったな。」
「うるさっ......ぃ。」

ヒル魔はできるだけムサシに近寄らずに、体内の石が動かないようそっと歩いて車にたどり着いた。
ドアを開けて待っていた運転手の顔をまともに見られなくて、後部座席に滑り込む。

「...っ!!」

シートに座った衝撃すらも、体内のアメジストを敏感に感じ取らせるから、ヒル魔は息を呑んで声を抑える。
そんなヒル魔の様子をムサシは至極楽しそうに眺めていた。
ヒル魔は車が走る間中、唇をかみ締めて声を押し殺した。
意識を逸らそうとすればするほど、ヒル魔の身体を強く石を抱きしめ、その感触をヒル魔に伝えてくる。

「お加減は大丈夫ですか?」

ヒル魔の家につき車を降りた時、ドアを開けた運転手がそっとヒル魔に声をかけた。
傍から見れば、単に気分が悪いだけに移ったようで、そのことにヒル魔は少しホッとする。

「何をしている。行くぞ。」
「っ!?......糞っ...離せっ!!」

ヒル魔はよろめく身体をムサシに支えられて思わず拒絶する。
暴れて嫌がるヒル魔にムサシがそっと耳打ちした。

「中のものが落ちてもいいのか?」
「......!!」

確かにこうしている今も、石は体内で移動していた。
ヒル魔は悔しそうに顔をゆがめると、ムサシにつき従えられて門をくぐった。




第七幕
『茶席』


ムサシが呼び鈴を押すと、すぐさま母親が出てきた。

「あらあら、ヒル魔さんだから言ったのに。ムサシさんから連絡が入ってびっくりしたわ。具合がまた悪くなったんですって?」
「もう大分良くなったようですよ。」
「.........っ。」

ムサシは先ほどまでの無表情さを綺麗に隠して、和やかに母親まもりと話を進めていく。
ヒル魔が何も言えないのを良いことに、ムサシは言葉巧みにまもりを取り込んでいった。

「せっかくだから、お茶でもいかが?」
「なっ...」
「そうですね。お言葉に甘えて。」
「はっ?」

ヒル魔が口を挟む暇も無く、まもりは二人をテラスへと招きいれた。
ヒル魔自身は今すぐにでも部屋に逃げ込みたかったがムサシはそれを許さず、仕方なくついていった。
まもりとムサシの会話は弾み、たわいの無い話に辟易しながらヒル魔は紅茶を口に含んだ。
体内の石は今も圧倒的な存在感をヒル魔に与え、居住まいを正すことさえもヒル魔にとっては耐え難い刺激となっていた。
そのとき唐突に、ムサシが信じられないことをまもりにしゃべった。

「実はヒル魔さんに贈り物をさせていただいたんですよ。」
「ブッ......ゲホッゲホッ・・・ななっな......」

ヒル魔は口に含んだ紅茶を思わず噴出していた。

「いやだ、ヒル魔さんったらお行儀の悪い。」
「照れているんですよ。」
「まぁ。ヒル魔さんったら。で、何をいただいたの?」
「ぃいいいい今は言いたく無ぇっ!!それよりそろそろ部屋に帰りたいっ。気分がまた悪くなってきた。」

ヒル魔は必死で話を打ち切ろうとしていた。
もしここで母親からアメジストを見せて欲しいといわれたらどうするつもりなのかと腹のそこで叫びながら、ヒル魔は自分の手を血の気が引くほど握り締めた。
そんなヒル魔の肩を抱き、ムサシがまもりにお伺いを立てた。

「心配なので、部屋までお連れしてもよろしいですか?」
「!!」
「ええ、お願いできるかしら。部屋は2階の突き当りです。私、ここを片付けたらすぐに行きますから。」

まもりの言葉ことばが終わらないうちに、ムサシはヒル魔を抱え上げて、屋敷の中へと入っていった。

「なんっで......?」

ヒル魔の問いにムサシは答えようとしない。
ついさっきまで、あれほど和やかにまもりと話ていたのにヒル魔と二人きりになった途端、ムサシはヒル魔の知っているムサシへと変わっていた。
部屋に入り、ベッドへと放り出されたヒル魔は、また何かされるのではないかとその身を硬くする。
しかし、予想に反してムサシは何もせずに黙って部屋を出ようとしたから、ヒル魔は慌てて引き止める。

「ちょっ!!待てよ......」
「まだ何か用か?」
「......っ、用って...どうすりゃいいんだよ...」
「何が?」
「っ!!何がって、テメェが入れやがったんだろうがっ!!」
「ああ、それか。」

ムサシはさも今思い出したように振舞いながら、ヒル魔へと近づく。
そして、その耳元で低く囁いた。

「自分で何とかしろ。」
「はっ?何とかってなに!?」

ヒル魔は困り果てて、すがりつくような瞳をムサシに向けている自分に気付かないでいた。
そんなヒル魔に、ムサシは少し楽しそうに告げる。

「やり方はさっき教えてやっただろう。」
「アッ...あんなのできないっ!!」
「どうしても取れないなら、明日うちまで来い。」

ヒル魔は真っ赤になってその瞳を潤ませる。
ムサシはそんなヒル魔に興味なさげに部屋を出て行った。
廊下でまもりと軽く挨拶を交わす声が聞こえる。
ヒル魔の知らない優しいムサシは、まもりに好印象を与えて帰っていった。
ムサシを送り出したまもりが慌ててヒル魔の部屋に飛び込んでくる。

「ヒル魔さんっ、大丈夫?」
「......ああ。」
「まぁっ、瞳が潤んで。熱が出掛かってるのかもしれないわね。今日はもうお休みなさい。」
「......。」

ヒル魔の頭を、まもりが優しく撫でる。
その手を通して伝わる優しさに、ヒル魔は安心していた。

「ねぇ、今回の縁談ね、本当はとても心配だったの。でもお相手の方、良い方であんしんしたわ。」

そういって嬉しそうに笑う母親の顔を見ていると、ヒル魔は何も言えなくて布団に顔をうずめた。

「あっ、そうだ。ヒル魔さん、今日ムサシさんに何をいただいたのか、今度こっそり教えてね。」
「......っ、気が向いたら...な。」
「もうっ、アナタって本当に天邪鬼なんだから。それだけ憎まれ口が出るなら大丈夫そうね。」

ヒル魔の悪態に安心したまもりはもう一度優しくヒル魔の頭を撫でて部屋を後にした。
残されたヒル魔は、母親にすら言えない秘密に頭を抱える。
ムサシから受けた色々な行為は決して誰にも話せないとため息をついた。
そして、いまだ体内に残るアメジストの存在に頭を悩ませる。
これをいったいどうやって取り除けばいいのかと考えると、ヒル魔は泣きたくなった。
始めは冷たかった石も、今ではヒル魔の体内で温められその硬さを伝えるのみとなっている。
それと同時にアメジストはヒル魔の身体にもうひとつの感覚を与える。
ムサシによって覚えさせられたその感覚は微弱ながらも体内の石によって、今もまだヒル魔を苛み続けていた。