第8幕
『慰』
ヒル魔はどうやって体内に埋め込まれた異物を取り出せばいいのかと考えていた。
ムサシから教えてもらった方法は出来れば避けたかった。
あのような行為を自ら行うなど、考えただけで全身が羞恥に染まる。
しかしあれ意外、この部屋で誰にも知られずに取り出す方法が浮かばないのも事実だった。
一度は忘れてしまえと身体を丸めて布団に潜ったヒル魔であったが、瞳を閉じた後に襲ってくる暗闇の中で、身の内に潜む明らかに硬い感触が余計に意識を悩ませる。
「..........っ」
ヒル魔は仕方なく、そっと自分の後孔に指を這わそうと指を伸ばすが、どうしても入り口に触れられず体が震える。
意識が異物に向けば向くほど、その内壁は収縮を繰り返して形の変わらないそれを強く感じさせた。
意を決して後ろから伸ばした指先が、自らの排泄器官から滲み出る潤滑のための体液に触れる。
「...糞ッ」
硬い異物からわが身を守るためとはいえ、普段では考えられないほどの湿潤にヒル魔は舌打ちした。
何とか這わせた指先は少し膨らんだ入り口をなぞるだけで、そこから先の侵入を躊躇している。
「......っく...ぅ」
襞をなぞるたびに、ヒル魔の腰は力なく崩れそうになる。
ほんの少し指先に力を入れるだけで、簡単に飲み込んでしまいそうな内壁の動きに悪寒が走る。
ヒル魔は自分の身体が欲しているものを我が身で感じ取り、その浅ましさに涙が滲んでしまう。
これより先へ進めば身体は目的を忘れ、自らを深い淵に沈めていくのではないかという恐怖に支配される。
それでもとにかく今は、ムサシに入れられたアメジストの塊を取り出さなければならなかった。
ヒル魔がムサシから与えられた選択肢は、自分で穢すかムサシに穢されるかの2つだけ。
いくら逃げられないとはいえ、もうこれ以上ムサシに穢されたくはなかった。
「っん、はっ......」
つめの先で入り口を引っかいて痛みを与えようとしても、身体は全て甘んじて受け入れる。
もう少し強く爪を立てようと力を入れた瞬間、クチュンと湿った音を立てて指先が体内に埋め込まれた。
「ヒッ......ぁ」
指先に柔らかく巻きつく内臓を感じながらヒル魔は小さく悲鳴を上げる。
息を殺して、自らを犯す指の感触に慣れようと耐える表情は険しく、その額にはうっすら汗が浮かぶ。
「んっ...んぁっく......」
ゆっくりゆっくりと指を進めるたびに、信じられないくらいに甘い声が漏れる。
進入による痛みは無く、寧ろその刺激によって作られる熱が下腹部に溜まり始めていた。
「やっ...ぁうっ...ングゥ...」
柔らかい内壁の中で不意に触れた小さなしこりに、ヒル魔は嬌声を上げかけ、慌ててシーツを噛んで声を押し殺す。
腰は跳ね上がり、呼吸が乱れる。
射精感がムズムズと腰を這い上がってヒル魔のまぶたに火花を散らす。
「ンッ......ンン...フッ」
ヒル魔の意思に反して、指はしこりを押し込み引っかき続ける。
頭が朦朧とし、身体はただただ出口を求めて指を突き動かしていく。
いつしかヒル魔のもう片方の手は摩擦を求める陰茎に伸ばされて、望むままに動かされていた。
当初の目的は忘れ去られて、ヒル魔はただムサシに教え込まれた快楽を反復していく。
「フッ...クゥゥ、ンゥウッ.........はっ...ぁ」
短い開放感とともに胸に広がる後悔と羞恥がヒル魔を襲った。
引き抜かれ、離された両指は自らの体液で汚されている。
しかも最悪なことに、結局アメジストは体内に残されたままその存在感を強め、ヒル魔を嘲笑っていた。
ヒル魔には先ほどの浅ましい行為を、今一度繰り返す勇気も気力もすでに無かった。
心の折れかけたヒル魔には、これ以上の辱めを自らに与えることは不可能であった。
諦めと絶望の中、いまだに熱を孕む身体を抱きしめた両腕に爪を立てながらヒル魔は浅い眠りについた。
第9幕
『決心』
中途半端な眠りの中、ヒル魔はムサシを思い出す。
ムサシが自分のことを好きだと言うなら、きっとヒル魔もムサシの行為は受け入れた。
けれどもヒル魔を映すムサシの目は冷たく、子供が虫の羽を毟って遊ぶような残酷ささえ感じられる。
あの目に絡め取られるのが酷く恐ろしかった。
だからなのか、真正面からムサシの顔を見ることが出来なくて俯いてしまう。
夢の中でさえ、ヒル魔は顔を上げることができないでいた。
「........んっ」
カーテンの隙間から刺した日の光に、ヒル魔は開きかけた瞼を再び閉じる。
休息をとった筈の身体に残る倦怠感が閉じた瞼を更に重くしていた。
柔らかな寝具の中で居住まいを正そうと、わずかに身じろいだ時だった。
「う...ん......ぁっ」
突如感じる違和感にヒル魔は身を竦める。
全てを思い出した身体は、明らかに残る体内のアメジストを受け入れ、内部でその形を確かめる。
「うっ.........糞っ...」
昨日ムサシに言われた言葉が蘇る。
『どうしても取れないならば、うちまで来い。』
きつくシーツを掴んだヒル魔の指が血の気を失っていく。
これからすべきことが頭でわかっていても、身体がついていかない。
雑多な考えが頭をめぐるのに、どれもこれも記憶に残りはしなかった。
コンコン
「...っ!!」
扉を叩く乾いた音が聞こえてきた。
ヒル魔は思わず布団を被り直して扉を見つめる。
「おはよう、気分はどう?」
「あ...なっ何ともねぇ!!」
遠慮がちに開いた扉から、まもりの優しい顔が覗く。
それはとても綺麗で、今の自分が余計に穢れて見えるから悟られたくなくて、ついぶっきらぼうに答えてしまう。
「そう、よかった。ねぇ今日なんだけど、一緒にどこかお出かけでもしない?」
「だめだっ!!......あっ、いや。今日はム...サシのうちに...行く......から。」
まもりからの誘いを断ろうとして、つい口から出た言い訳に、ヒル魔は心の内で舌打ちした。
ヒル魔の返事にまもりは驚いた表情で、次に紡ぐ言葉を捜していた。
「そう...なの。えっと、ヒル魔さんは、その...今回のお話をお受けしたいの?」
「.........。」
「すごくいい人だとは思うのよ?でもヒル魔さんの気持ちも大切だと思うし。でも...」
「とにかくっ...今日は行かなきゃなんねぇから。もういいだろ?用意するから出て行ってくれっ!!」
ヒル魔はまもりの言葉を遮って、拒絶の言葉を吐き出した。
まもりはまだ何か言いたそうにしながらも、ヒル魔の言葉通り部屋を出て行ってくれた。
ドアが閉められたとき、ヒル魔は思わず安堵の息をつく。
そして、緊張が切れると途端にその存在を強く主張し始めるアメジストに身を竦ませる。
ヒル魔はまもりにああ言った手前グズグズするわけにもいかず、ゆっくりと身体を動かして用意を始めた。
いまだに燻り続ける身体の熱を大きくしないように、時々深く息を吐きながら寝具から離れる。
気乱れた浴衣は、気持ちの悪い湿り気を帯びてヒル魔の足に絡み付こうとする。
それらを忌々しそうに投げ捨てて、ヒル魔は薄桃色の訪問着に手を伸ばした。
穢れたこの身体を少しでも幼く見せようと選んだ色であった。
着替え終わったヒル魔はできるだけ静かに階段を降りると、階下でまもりが待っていた。
「本当に今日いくの?まだ体調が優れないのではなくて?」
「.........いや、大丈夫だから。」
「........。」
心配そうに見つめてくるまもりを安心させたくて、ヒル魔は無理に笑った。
「今日行って、きちんと考えてくる。」
「そう...ね。あなたなら自分で決められるわ。」
まもりの顔から不安が消えたわけではなかったが、ヒル魔のことをもう止めようとはしなくなった。
いってらっしゃいと、まもりが優しく手を振る。
そんなまもりを見てヒル魔は、この家を一歩出た瞬間からもう後戻りはできないような気がした。
もしかしたら本当はすでに戻れなくなっているのかもしれないと自嘲しながら、竦みかける足を無理矢理動かし、ヒル魔は外へと踏み出した。