<影絵五枚目>
今自分が置かれている状況を知ろうにも、ヒル魔が目覚めた時にはムサシの姿はすでに無かった。
どうやらムサシとタケクラがどう同一人物ではあるのだけれども、もう一方では別人であるらしいと言う事は何となくわかったのだが、いまいち信じがたく理解に苦しむヒル魔であった。
全てをきちんと整理するために、軋む身体に鞭打ってヒル魔は昨日に引き続き炎天下の中へと足を踏み出す。
目的地は昨日の工事現場。
目指す相手はもちろんムサシであった。
「………おい、この糞ヒゲ。顔貸せ。」
「……………。」
やっとたどり着いた先でムサシに声をかける。
もちろん歓迎されるはずも無く、無言の拒絶にあって心が挫けそうになる。
大好きな人に冷たくされるのはヒル魔でもさすがにきつかった。
それでもここで負けてはまた振り出しに戻るか、最悪ゲームオーバーだと必死に踏ん張る。
「てめぇ……ここで大声出して俺にした事、全部ぶちまける……ぞ……っ?」
「っ!?……おいっ!!」
ヒル魔の視界が急に反転し、その場に崩れこむ。
そういえば、一昨日からほとんど寝ていないと気が付いたが後の祭であった。
思わず駆け寄るムサシにうっすら笑みを浮かべてひとみを閉じるヒル魔であった。
「おいっ!!何だってんだ、面倒事は嫌なんだよ!!あー、もうっ!!」
周囲に人が集まる前にムサシはヒル魔を抱えてその場を離れる。
仕事仲間も状況は飲みこめていないものの、ムサシは友人を介抱してやれと快く仕事をあがらせてくれる。
友人なんかじゃないとは言えなくて、ヒル魔を連れてしぶしぶ帰途へつくムサシであった。
ムサシはヒル魔を自宅につれ帰り、仕方なく介抱を始めた。
介抱の甲斐あってか、暫らくしてヒルマは気がついた。
額に乗ったタオルから伝わる冷たさが心地よくて、思わずため息をついたヒル魔はそっと瞳を開けて辺りをうかがう。
いまだに頭がボーっとして上手く働かず、自分がどこにいるのかも何をしていたのかも思い出せないでいた。
「気が付いたならとっとと出て行け。」
聞き覚えのある声に視界が広がり、その端に機嫌の悪い顔が映る。
その顔を見ながら、いくら病人とはいえ、嫌っている人間を簡単に連れてかえって看病するなんてどんなお人良しだとぼんやり考える。
「一体何なんだ、お前は?人の仕事場まで押し掛けて、しかもぶっ倒れやがって………」
「ぶっ倒れたのはテメェのせいだろうがっ!!2回も逃げやがって、この糞ビビリっ!!」
ヒル魔は横になったままの姿勢で無理矢理に一蹴り入れてみるが、まだ体力が戻りきっていないようで、たいしたダメージは与えられなかった。
「お前らこそ何なんだよっ、人の事おちょくるのもいいかげんにしろよ!!タケクラだのムサシだの、さっぱり訳がわからん。」
「………タケクラに聞け……って、痛ぇなぁっ!!そんだけ元気なら出ていけ!!………って、男が泣くなっ!!」
「泣いてなんかねぇよっ!!糞っ!!!タケクラがお前に聞けっつったんだろうが!!糞っ!!糞っ!!」
綺麗な目に涙を溜めながら弱々しく蹴ってくるヒル魔をむげに出来ない自分に苛立ちながらムサシは頭を抱える。
「はぁ〜〜〜………。」
ムサシは深いため息をついてぽつぽつと話し始めた。
いつの頃からかこの肉体には自分の他に誰かが居たこと。
それぞれの記憶が交わる事は無く、常に昼と夜に分かれて肉体を支配してきた事。
夜の自分は結構最低で、その尻拭いにはほとほと嫌気がさしている事。
それらの事をごくごく簡単に、手短に話し終えるとムサシはそっぽを向いて言った。
「だから、あれだ。今朝のはただの八つ当たりだった。………その…スマン。」
タケクラの手癖の悪さに怒りを感じていたヒル魔は、不意をついたムサシのいきなりの謝罪に戸惑いを隠せなかった。
「あやまんなっ………ばかっ……………。」
「俺はそろそろひっこむから、後はあいつに聞いてくれ。それから、俺にはもう関わるな。」
「ちょっと待てって!!おいっムサシっ!!!」
ヒル魔が止める間もなくムサシは眠りへと落ちてゆく。
ヒル魔が見つめる中、ムサシから規則正しい寝息が聞こえてきたかと思うと、その目が急に開かれる。
「おぅ、ヒル魔。今夜は一段と色っぽいねぇ……って、いきなり蹴るなよ。」
「うるさいっ!!なんで今まで黙っていやがった!!しかもお前最低だぞ!!!俺に謝れっ!!!!むしろムサシに謝れっ!!!!」
ムサシの名前が出た途端に、タケクラの顔からはそれまでの軽薄そうな表情が消え、冷たくヒル魔を眺めてくる。
その視線に思わずたじろぐヒル魔を引き寄せて目をそらせないように顎を掴む。
「随分ムサシと仲良くなったみたいだな?」
「…っ、だって、お前が聞けって言ったんだろうがっ!!」
「確かに聞けとは言ったけど、寝ろとは言ってないぞ?すごい痕だな、これ.。」
そう言ってタケクラは器用に服を捲り上げて、ヒル魔の身体につけられた噛み跡を舌で辿っていく。
「っんん………だって、いっきなり、お前がぁ……」
「俺じゃなくて、ムサシだろ。」
「ひぅっ!!………やめっ………」
一昨日から昼も夜も休み無く求められて、ヒル魔の限界はとうに越していた。
簡単な愛撫でもすぐに火がつき始める身体を持て余して、悔しさを滲ませながらタケクラに懇願する。
「もっ、無理ぃ………。たのっむから……やめろぉ……」
「じゃぁ、どんな事されたのかだけ、確認したら許してやる。ここはどうされた?」
「……?………あぁっ!!」
タケクラがヒル魔を捕まえて強く握り締める。
「そっこは、な…も……されって、なっ………」
「嘘つけっ!!」
「ほっ……んと、に……ひあっ……」
「じゃぁあここは?どんな風に入れられてこすられた?」
今朝のムサシを髣髴させる乱暴さで、タケクラはヒル魔の体内をまさぐり出す。
「あっつぅ、何だ、ここ。女みてぇになってるぞ……随分楽しんだみたいだな。」
「……うるさっ……んはぁ……もっ、言うなぁ!!……」
「何にもして無いのに、濡れてぐちゃぐちゃだな。」
「ぜんっぶ……お前のだろ……がぁ………」
「俺とムサシのだろ?」
「っ!?」
タケクラは指と言葉だけでヒル魔を追い詰めていく。
少しきつく体内を引っかいただけで達したヒル魔は、そのまま疲れに引きずられて、きっと朝まで目覚める事の無い深い眠りに落ちる。
ヒル魔は朝目覚めた時にはいないであろうタケクラに未練を残しながら、拗ねて傷ついた意地っ張りのムサシを想う。
「………ヒル魔?」
無邪気に眠るヒル魔の噛みを撫でながらタケクラが語り掛ける。
「お前は、俺達をどうしたい?」
今まで何人もの人間に問い続けた言葉を、願いを込めて今度こそとヒル魔に託す。
そうしてタケクラは、もう一人の自分であるムサシにもヒル魔にも気付かれないように優しく笑う。