ドッペルゲンガー 9

<影絵九枚目>

「ひっやぁぁ……もっ……ゆるっして……」

タケクラはさっきから何も言わずにただヒル魔の腰を揺さぶりつづける。
怒っているのか楽しんでいるのかそれさえもわからない中でいつまでもヒル魔を追い上げる。
そうしてタケクラは一人で勝手に終わらせるとヒル魔には目も向けず、一言の声もかけずに部屋を出ていった。
ムサシになら同じような事ばかりされていたが、タケクラからは初めて受けるその行動に一人頭を抱えるヒル魔であった。
タケクラはわざとヒル魔をムサシにけしかけるようにしていた節が見えるし、今までのタケクラの態度からムサシとヒル魔がこうなる事は予想していたはずだと思った。
それでももしもと思う。
もしタケクラが自分を試していたのだとしたら、例え同じ肉体でも中身が違えばそれはタケクラを裏切った事になるのではないかとヒル魔の中で考えが一人歩きを始める。
同時に肉体が同じならばいくら別々の記憶を持つといっても結局は変わりなんてないからとムサシとの行為を正当化しようとする自分の頭に混乱する。
そしてヒル魔は自分の中にも溶け合わない二つの心が存在している事に今更ながらに気付いてまたあの二人の事を考える。

「………少し、頭冷やそう。」

ヒル魔は今の状態から抜け出したくて、身支度を整えると足早に部屋を後にした。
きっとタケクラとムサシに関してはもっと落ち着いて冷静に考える時間が必要だと自分に言い聞かせて、ヒル魔は追いかけ縋りつく事をやめた。

それから数日、あんなに毎日やっていた夜の散歩にも行かずヒル魔は考えつづけている。
滑稽なくらいに一生懸命追い駆けまわした男とはわざと逢わないようにしている。
その間、相手から何も言ってこないのが少し胸を痛めたが、無理矢理に頭の奥に押しこめてヒル魔は何度も何度も考えつづける。
タケクラはどうなりたいのか、ムサシはどうしたいのか、自分は何が出来るのかという出口の無い迷路で一人廻りつづける。

タケクラはというと、一応いつもの場所に行ってみるもののヒル魔はおらず、あの夜からヒル魔には自分と逢う気が無い事がタケクラにはすぐわかった。

「今回のも、だめだったか?」

タケクラは一人呟く。
今までの相手と同じで愛想をつかされたか気味悪がって逃げ出したかと思いながらも、いつものようにさっぱりと忘れて、さっさと次の恋人候補を探しに行けない自分に苦笑する。

「チッ……まったく、なんでこんなに気になるんだ?」

一方ムサシも最近気が付けば仕事中にさえ派手な頭をした男を目で捜してしまう自分に舌打ちしていた。
タケクラもムサシも自分達の状態が良いものだとは決して思わなかったが、周りの人間はどちらか片方しか認めなかったから、結局どっちつかずの中途半端なまま、ただ時間を無駄に使ってきた。
そんな中でも最初はなんとかしてくれる人間を捜したが、そう簡単に現われるわけも無かった。
だからムサシはさっさと諦めて、それでもタケクラはずっと足掻いていたのである。

『今度のは違うと思ったんだけどな。まぁ、随分とひでぇことしてたし仕方ないか。』

きっとお互いの記憶があったなら、たぶん初めて意見が合ったことに驚くのだろうが、残念ながらそれを教えてくれる人間はまだいないのであった。

更に時間が流れて、ヒル魔はとうとう一人でいるのに耐えられなくなった。
そうして向かう先はいつも置いてきぼりを食らった二人の住む部屋だった。
ヒル魔の知るタケクラならいつまでも待っててはくれないからと、ひと漁りに立ち寄りそうな場所を全て当たったが、どこにもいなくてまさかと思いながらドアの前に立つ。
久しぶりでおかしなくらいに震える指先がチャイムを鳴らした。
少し待っても応答は無くてやっぱり居るわけないのかと諦めかけた時、インターホンからずっと聞きたかった声が流れた。

≪……だれ?≫
「っ!!………あのっ、俺……」

ドアの向こうで何かが倒れるおとがした。
なんだ?と思った瞬間勢い良くドアが開けられる。
ヒル魔は思わず顔面をぶつけられそうになって吃驚した。
そしてドアから出てきた男の顔を見て絶句する。

「お前……タケクラ…だよなぁ……なんだそのツラ……」

夜遅くのこの時間は絶対にタケクラのはずなのに、今目の前にいる男の風貌はホストのようなタケクラからは程遠く、不精ひげにボサボサ頭のムサシに見えた。
驚くヒル魔をよそに、タケクラは強引にヒル魔を部屋に引きずりこんでいきなり強く抱きしめた。

「うわっ!!ちょっとなにしやがんだっ!!……だーっ!!いきなりさかんなっ!!この糞エロっ……」

ボカッ

ムサシの風貌をしたタケクラが有無を言わせずシャツの中に手を入れてくるから、ヒル魔は思わずそこらへんに転がっていたごみ箱で常習強姦魔の頭を殴る。

「痛ぇ………」
「自業自得だっ!!なんなんだよお前は………」

ヒル魔はなんとかタケクラから離れて衣服を整える。

「今日は真面目な話しに来たんだから、それが終わるまで待てっ!!」

真っ赤な顔で怒るヒル魔の言葉にタケクラは目を見張る。

「待てってことは、その後犯ってもいいのか?」
「……そっちに反応すんなよ………やっぱりお前タケクラだろう………」

ひとがせっかく悩みに悩んで考え抜いてありもしない勇気を振り絞ってやってきたというのにと、ヒル魔は脱力する。
ヒル魔の気持ちを察しているのかどうか反応の見えないタケクラに向かって、ヒル魔は姿勢を正して向き直った。