葬儀屋の一室で、ヒル魔は床に座り込み、下からムサシを睨みつける。
柔らかいオレンジの光に照らされたヒル魔の下には影がない。
それはヒル魔が人間ではないとを証明していた。
「大体、テメェは何者だ? 何で毎度毎度、俺の邪魔をしやがるっ」
「お前は自分が何者だか知ってるのか?」
「……るせぇっ、いちいち人の揚げ足とってんじゃねぇぞ、この糞ジジィ」
人間がヒル魔の存在を知ったならば、きっと死神だとでも名付けてくれるに違いない。
けれど死神とは人の魂を欲しがるものであって、ただ死が平等に与えられるように動いているだけのヒル魔とは少し違う。
それでもやはり、死神と同類項に入れられてもおかしくはない。
しかしムサシはどうなのだろう。
人間というものに当てはめるにはあまりに異質で、かといってヒル魔と同じものであるのなら何故こんなにも邪魔をするのか。
得体の知れないものと対峙する恐怖はヒル魔の中にも存在する。
だから本当は極力この場所へは来たくなかった。
人々が死から逃げるように、ヒル魔はムサシから逃げようとする。
するとムサシはヒル魔が与える新しい死のシナリオをことごとく潰してヒル魔を追い詰める。
この世にもあの世にも、天敵のいないものはない。
この世においてピラミッドの頂点に立っているはずの人間にでさえ天敵と呼ばれるものは数多く存在する。
一見、無敵に見えるヒル魔も例外ではなく、さしづめヒル魔の天敵はムサシというところなのかもしれない。
それならムサシの天敵は何なのだろうとヒル魔が考えていると、不意に腕を掴まれ上へと引き上げられた。
「うわっ、急に何しやがんだ、離しやがれっ」
「いつまでもそんな所に座り込んでいるお前が悪い」
抵抗するにはあまりにばかばかしい力と体格の差に、ヒル魔はしぶしぶ従う。
しかしまったく抵抗しないのも癪だったので、ムサシの隙をついて腕を掴んでいる手を振り払おうとした。
そんなヒル魔の抵抗もムサシは初めから気づいていたようで、ヒル魔が勢いよく腕を引く瞬間に合わせてムサシはその手を離した。
「えっ? っと、うわっ」
ヒル魔は、まさかいきなり手を離されるとは思っていなかったから、力の加減などしてはいなかった。
勢いのついた体は支えをなくし、一瞬でバランスを崩す。
よろめいた体をさらに後押しするように、ムサシの指がヒル魔の肩をぽんと押した。
ガシャンと金属同士がぶつかり合って床に落ちる音が聞こえる。
空を切るヒル魔の手に当たったものらしい。
ヒル魔はまた床にぶつかると覚悟していたが、今その背が触れるているのはごつごつとした石畳などではなく、冷たく滑らかな金属の感触だった。
予想外の感触に眉をひそめたヒル魔の上に、覆いかぶさるようにしてムサシが乗りかかってくる。
「おい、テメェ……何してやがるんだ?」
「何って、いつものことだろ」
「オレらが今乗っかってんのは、確かテメェが死体をいじくりまわす台じゃなかったか?」
「下だと粗い石に背中擦られて血だらけになるぞ」
「んなこと言ってんじゃねぇっ! 何でテメェはいつもいつもこういうことやりたがんだっ」
ヒル魔の抗議の声には耳も貸さず、ムサシはその下で暴れる細い体を押さえつけたまま何かを探す。
そうして見つけた細い針金をヒル魔の両手首に巻きつけ、鉄製の太い杭のようなもので台に縫いとめた。
「……おい、これじゃ台に穴できてんじゃねぇのか? 商売道具を使いもんにならなくしてどうすんだ、この糞ヒゲ」
「後で直しときゃ、何とかなるだろ」
「そういうの得意そうだったな、テメェはよ」
「もう抵抗するのは終わりか?」
「んなもん今更するだけ無駄じゃねぇか。だったらせいぜい楽しんだほうが賢い」
それもそうだとムサシは曖昧に笑ってヒル魔の唇を塞いだ。
石とレンガで造られたこの部屋は、思った以上に室内の音を反響させる。
音が反響するということは、防音作用を持ち合わせているということでもある。
外界との唯一つながっている大きな鉄の扉が開かない限りは、耳障りなほどに聞こえてくる肉の湿った音と悲鳴にも似た嬌声が外に漏れることもない。
「ひあっ、あっ……んんっ」
腰を振るわれ深く奥を穿たれるたびに、ヒル魔は耐え切れずに背を反り返らせる。
拘束されたままの動きづらさも手伝って、うまく逃しきれない快感が歯痒くて、戒められた両腕を振りほどこうともがく。
白く細い手首は、巻きついた針金に皮を裂かれて血を流している。
それでも暴れることをやめないヒル魔の動きが、薄い肉に針金を食い込ませていく。
人間ではないヒル魔にとってはその痛みさえも快楽の一つでしかない。
その身を纏っていた服はムサシの手によって引き裂かれ、切れ切れにヒル魔の体にまとわり付いている。
「ぅあっ、ああっ……ムサ、シ……ィ、ひぅっ、あ……」
ギチギチと締め付けられていく手首の痛みに酔いながら、ヒル魔は体内のムサシをきつく抱きしめた。
自身にまとわり付いてくるヒル魔の肉を振り払ってムサシは挿送を繰り返す。
何度放ったのかもわからないほどの白液が、ムサシの動きとともに外へと押し出され、白い肌を伝って金属の板を汚していく。
ヒル魔の体は手首から溢れた鮮血と、どちらのものとも判別の付かない残滓で、色鮮やかに彩られていた。
それはムサシも同じで、さまざまな体液が混ざり合って濃度の濃い媚薬を作り出す。
その行為はセックスというよりも、激しい飢えを満たすための食事に似ている。
お互い気が済むまで相手を貪りつくして、ヒル魔の手首に痛みの感覚すらなくなった頃、血生臭い宴はようやく終焉を向かえた。